アイヌ初の国会議員、萱野茂氏
萱野茂氏を知っていますか?アイヌ出身で、アイヌ文化研究者でもあり、アイヌ文化の継承や振興において多大な影響を残した人物です。また、アイヌ民族初となる国会議員をも務めたことでも有名です。
萱野茂氏とアイヌ文化と賞
萱野茂(かやのしげる)さんは、1926年に日高管内平取町で生まれました。1939年に二風谷尋常小学校を卒業後、造林や測量などさまざまな職業につき、1952年以降にはアイヌ文化の研究を推し進めました。以後、人生をアイヌの研究にそそぎ、特に、アイヌの生活用品や、アイヌに伝わる民話を集め、記録し、保存するために尽力しました。そのひとつが、1972年に故郷でもある平取町二風谷にオープンさせた「二風谷アイヌ文化資料館」。自ら館長を務め、自ら集めたアイヌ民具を展示しています。それほど大きな建物ではありませんが、中にはびっしりとアイヌ民具がしきつめられています。
アイヌ民族に関する著作を数多く書いたことでも知られています。特に、英雄叙事詩ユーカラをまとめた作品「ウェペケレ集大成」では、菊池寛賞(きくちかんしょう)を受賞しました。また、アイヌ語をまとめた辞典「萱野茂のアイヌ語辞典」を1996年に発表しました。
アイヌ文化の伝承や発展に貢献したことから、1978年には北海道文化奨励賞を、1989年には吉川英治文化賞を、2000年には北海道新聞文化賞を受賞しました。さらに、2001年には博士号を授与(総合研究大学院大学)されたり、北海道大学の文学部言語学科講師や二風谷アイヌ語塾長(1983年)、2001年4月8日、国内初のアイヌ語放送によるミニFMラジオ局「FMピパウシ(FM二風谷放送)」の開局に携わったりしました。「ピパウシ」とは平取町二風谷のこと。過去の放送はこちらのサイトで聴くことができます。
萱野茂氏と国会議員
政治の分野では、1975年に平取町議となり、1994年には、繰り上げ当選ではあるものの(1992年に落選)、日本国史上初となるアイヌ民族の国会議員(参議院議員)が誕生しました。国会議員としては1998年まで約4年間務め、アイヌ語で国会質問に立ったりしましたし、1997年に成立され施行されたアイヌ文化振興法(別名:アイヌ新法、正式名称:アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律)を成立させたという点で、多大な影響を与えました。「アイヌ新法」の成立は、アイヌ民族を保護するとしながらもアイヌ独自の文化や伝統を制限し旧土人として差別をした「北海道旧土人保護法(1899年)」と、「旭川市旧土人保護地処分法(1934年)」を同時廃止させるものとなりました。こんな法律が平成時代まで続いていたことを知る人はそんなに多くなかったはずです。
また、アイヌの聖地、平取町二風谷に完成した二風谷ダム建設反対運動を繰り広げた中心人物で、1997年の裁判(札幌地裁)では、初めてアイヌ民族を先住民族として認める判決を下しました。ダム建設を違法としたものの、同年、ダム建設は決行されました。
アイヌ文化に関連して多大な功績を残した人物ですが、2006年5月6日、札幌市内の病院で亡くなりました。アイヌ民話をもとにした絵本「アイヌとキツネ」(2001年)の英語版(The Ainu and the Fox)が4月に発売されたばかりでした。
萱野茂氏の著書の数々
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