道内の人口が全国1位になったことがあるとはあまり知られていません。
実は終戦時の1945年、それまで全国3位を続けてきた北海道の人口が352万
人で東京都と大阪府を抜いて1位になったことがあります。
理由は疎開に
より北海道に人が集まったこと。しかし戦後は徐々に減少し、現在はトッ
プ5にはいることはありません。1888年には全国最下位でしたが、これほ
ど変動の激しい都道府県は北海道だけでしょう。
1701年 20,086人(道南和人限定)
1869年 58,467人(開拓使設置・道南中心)
1884年 227,900人(全国最下位)
1890年 427,128人(以降開拓期に人口大量流入し急増)
1900年 985,000人
1908年 1,322,400人
1912年 1,739,090人
1920年 2,359,183人
1945年 3,518,389人(全国1位)
1970年 5,184,287人
1995年 5,692,321人
2005年 5,627,424人(減少)
北海道人口全国ランキング推移:1888年47位から1908年10位に急浮上、1918年5位、1920年~1941年3位、1942年~1944年の戦時下は4位~5位で推移、1945年に全国1位、1946~1956年2位、1957~1968年3位、1969~1982年5位、1983~1991年6位、1992年以降7位。
支庁別人口推移
支庁別に人口推移を見てみます。なお、支庁境界線が何度か変更してきていますし、支庁名称も変わったりしていますので、上記グラフを見るときは注意が必要です。(期間中の支庁名変更は1922年、札幌支庁→石狩支庁、函館支庁→渡島支庁、室蘭支庁→胆振支庁、浦河支庁→日高支庁、釧路支庁→釧路国支庁→釧路支庁、河西支庁→十勝支庁。支庁境界変更は1948年に足寄郡が釧路支庁から十勝支庁へ、豊富町が留萌支庁から宗谷支庁へ)
全頁の主要都市別人口変遷で触れたように、札幌圏は人口増加が桁違いでした。それは支庁別で見たときでも同じで、石狩支庁は驚くべき人口増加率でした。現在でこそ、支庁別人口道内トップですが、1960年ごろまでは空知支庁の人口が道内ナンバーワンだったのです。
夕張や美唄など空知産炭地域は人口が急増し、一時期は道内人口ランキングトップ10入りした空知の町があったことにも触れました。1950年代前半まで石狩支庁と同じほどの増加率を誇った空知支庁は、その後、夕張、美唄、歌志内、砂川、三笠などでおきた炭鉱産業の衰退と共に、驚くほど人口が急減しました。
また、全体的に見て1955年ころを境に、人口増加の勢いは停滞し始めていますが、胆振支庁が1980年ころまで人口増加してきたことも注目点。苫小牧市など太平洋岸の工業地帯の発展に伴って人口が増加しました。一方で、日高、留萌、宗谷、檜山、根室の5支庁はずーっと人口が少なく、他の支庁との差は大きいままです。