鈴木彩乃さんは、室蘭市生まれで札幌市出身。現在は福岡県に在住し、株式会社Plan.Do.seeに勤務する傍らプロスキーヤーとして活動している。
スキーを始めたのは小学生の時。親の転勤で道内各地を転々としていたが、名寄市の小学校に通っていた頃だ。もともとスポーツ一家だったというが、小さい頃はウインタースポーツとは無縁のゴルフを親に勧められてしていた。そんな鈴木さんがスキーを始めるようになったのはなぜなのだろうか。
「もともとそこで雪で遊ぶのが好きでした。家族で近くのスキー場に行くことがあったのですが、みんなスキーを滑りに行くのに自分だけ遊戯室でおばあちゃんと一緒にいるのが嫌で、スキーを滑りたい!と言ったのが始まりですね。」
スキーで木の中をくぐっていくのが好きで、レッスンの時も一人で好きなところに行くことが多い自由な子だったという。地元の大会に出てみないかと言われ出場したところ、4番手だった。悔しくて、鈴木さんのアルペン生活がスタートしたというわけだ。
本格的に競技を始めたのは小学校3年生くらいの時。1989年~1995年には歌志内市かもい岳レーシングに所属。スキーがすごい上手な人たちに囲まれて練習し大会に出場していくにつれ、だんだんうまくなっていった。道内の大会で1位になるなど、輝かしい成績を収める。
世界へ

1995年に小樽市の小樽双葉高校に入学し、その3カ月後に留学することになった。最初は、普段から見てくれていたコーチからオーストリアの国立スキー学校への留学の話があったが、結局アメリカ合衆国バーモント州・バークマウンテンアカデミー校へスキー留学することになった。
留学中でもめきめきと力を付け、1997年には全日本スキー選手権大会でDH1位・SG1位。その後、鈴木さんは全日本ナショナルジュニアチームに入り、FIS、ヨーロッパカップ、世界の大会などを転戦していく。
1998年6月に卒業後も約1年間はヨーロッパなどで生活し、個人で世界の大会を回っていた。こうした外国での経験は「客観的に日本を見れたし、親の素晴らしさ、日本・北海道の良さを知ることにつながった」と語っている。
そして1998年、長野オリンピック・アルペンスピード系候補選手に選ばれることになった。
転機

しかしそのころ、鈴木さんに変化が訪れる。小学生のころから続けてきたスキーが嫌いになってしまったのだ。それまでで最も辛い時期であったという。
「自分が嫌いになったんですね。コーチらとの人間関係が嫌になり、初めて人間嫌いになりました。我慢しすぎてたんでしょうね。せっかく恵まれた環境でスキーを通年滑られるようになったのに、まじめに成績ばかり求められて、ちやほやされて、何のためにスキーやっているのかって思って、スキーも嫌いになってしまいました。普通に女性らしくなりたかったというのもあります。」
こうして1999年、一大決心をする。スキーをやめることにしたのだ。こうして、スキーばかりの生活をやめ、会社勤めをすることになった。しかしその5年間のブランクは結果的には無意味ではなかった。
「挫折した時期でしたが、人生について迷ったり、北海道に戻る意味が見つかったり、スキーじゃない違う世界を経験をして、いろいろ深く考える機会にもなりました。」
2004年夏、フィットネスインストラクターをしていたときにスキーをしている人に出会い、またもう一度スキーをやってみようかと思い、スキーを5年ぶりに再開することになる。しかし筋力が衰えているので、技術選に出場することにした。この技術選の世界では1位を取ったことがなくて、是非取りたかったというのがあったという。
2007年に全日本スキー技術選手権に初出場し28位。2008年に14位、2009年に11位、2011年に10位と、着実に成績を上げてきている。
山スキーという新たな挑戦

2006年には新たな分野に着目することになる。キーワードは「山」であった。山スキーの話を偶然聞いたことがきっかけとなり、山に興味を持ち、知りたいと思うようになった。出会ったおじいちゃんに「今度ここの山に登るんだけど、一緒に行く?」と声をかけてもらい、2008年に初の登頂・スキー滑走を経験することになった。
2008年8月5日、ヒマラヤ山系5400m未踏峰の登頂に成功し、さらにスキー滑走で下山することに成功した。世界初の快挙である。2010年には頂上まで行けなかったが、2011年に再びヒマラヤへ。同年4月16日にTEAM HONDA隊メンバーとして6056m峰へ初登頂、スキー滑走に世界で初めて成功した。
山に目覚めた鈴木さん。「山スキーすることによって、スキーの幅が広がりました。年1回くらいでやっていきたいですね。」と、今後も山スキーで冒険を続けていく決意を語ってくれた。
スキーをやってきて良かったことも数多くあるという。「いろんな人たちと出会うことができました。また、スキーで今の自分の状況をはかれるようにもなりました。スキー片手に世界に行けて、いろんなことをやっていけるのが良いですね。良くも悪くもいろいろ体感できてるので、いつ死んでも良い生き方をしていると思います(笑)。」
北海道で100年先でも続く環境づくりをやっていきたい

北海道で何かしたいとの思いは強い。鈴木さんは「北海道の雪質は世界一です。"ふわふわ"とかではなく"ふぁさふぁさ"なんですよ」と表現する。道民は雪を嫌なイメージとして見ているが、北海道には良いところがいっぱいあるので「もっと勢いや自信を持って欲しい」と思っている。道外の生活を経験しているからこそのコメントだ。
いま、鈴木さんにはやりたいことがある。道内民放で放送されてきた「スーパースキー学習」のように、子供たちにウインタースポーツのプロの生のプレーを間近で見てもらうという環境や、小中高生に雪で遊んでもらう環境を作りたいという。要するにウインタースポーツを広めていきたいとの願いをもつ。
具体的には、働きながら自分の種目で頑張れるという流れを作っていく団体を作る。冬はスポーツ、夏のオフシーズンには北海道で農業をして地産地消に励む。会社とスポーツ選手のつながり作りや、選手活動を終えた後も活動の道が開かれることを願っている。鈴木さんは、いろんな業界の人とコラボしながら「100年先でも続く環境づくりをやっていきたい」という。
「北海道にはメリットもデメリットもあると思います。でも見方次第でどっちにも転がる、そして隣り合わせに幸せがあるんだと思っています。みんな幸せになってほしいし、私自身も優しい心でいたいです。日本だから、おもてなしの心を大切にしつつ、日本にしかないことを大切にしていきたいですね。」
プロスキーヤー・鈴木彩乃さんの"冒険"は続く。
自己紹介映像
鈴木彩乃さんのプロフィール
1980年3月7日、室蘭市生まれ、札幌市出身、福岡県在住。株式会社Plan.Do.see所属の冒険家・プロスキーヤー。小学生のときにスキーを始め、全道ジュニアアルペン大会SG1位(1992年)、ジュニアオリンピックス大会SG1位(1995年)、北海道選手権大会SG1位(1995年)、全日本スキー選手権大会DH1位・SG1位(1997年)など各大会で受賞。1998年に長野オリンピック・アルペンスピード系候補選手に選ばれる。最近は全日本スキー技術選大会に出場し最高10位(2011年)。2008年以降は登山スキーで国外へ。2008年にヒマラヤ5400m未踏峰登頂・世界初スキー滑走、2011年に6056m峰へ世界初登頂・スキー滑走に成功している。趣味は読書。好きな本は本田健著「30代にしておきたい17のこと」。
公式ブログ
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