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| 定番度 | ★ |
| オススメ度 | ★ |
| 住所 | 札幌市豊平区月寒西 [地図リンク] |
| アクセス | 札幌中心部から行くと、国道36号線の地下鉄東豊線月寒中央 駅の交差点を右折し、道なりにまっすぐ進む。 |
| 訪問最適時期 | 通年。 |
| 営業日/時間 | 通年。 |
| 滞在時間(目安) | 10分。 |
| 必要経費 | なし。 |
| 駐車場 | なし。 |
| 公式サイト |
それほど楽しい観光スポットではない。はっきしいってつまらな
いであろう。だが、アンパンマン?名前だけで面白いし興味がわくこのユ
ニークな名前だから、一度行ってみることをオススメしたい。まさに名前
の通り「アンパンでできた道路」である。
道路掘削の歴史を見ていくとその謎が解ける。時代は明治時代1910年の
こと。現在は札幌市の一部だが、当時は豊平町というれっきとした独立し
た町だった。そして当時は水田があたり一面に広がっていた、そういう光
景が見られていた時代である。
豊平町役場があった場所が一部、札幌区(当時道内主要都市は区制)に編
入されることになり、役場を移転させようということで現在の月寒に役場
が移設された。しかし新たな問題が発生し、豊平町の平岸地区の住民は、
月寒地区にある役場に行くのに遠回りをしなければならない・・・。そこ
で、丘陵地を切り開いて近道を作ろうということになった。これが後にア
ンパン道路と呼ばれるようになった道路で、長さは2.6km。
しかし今も述べたように丘陵地を含むため、工事が大変だ・・・という
ことで、住民に加えて、月寒駐屯の軍隊であった歩兵第25連隊7500人の協
力を得て、1911年着工、わずか4ヶ月ほどで完成した。工事中、兵士たち
には1日に100gのアンパン5個が配給された。アンパンといって現在のよう
なアンパンとはまったく違うものであった(後述)。しかも、そのために10
軒近くのあんぱん屋さんがあったとされている。
そんな由来で、この道路は「アンパン道路」と呼ばれるようになった。
そのすぐ後に皇太子(当時)が通り、町では「行啓道路」という名称をつけ
たが、その名前も「アンパン」におされて消えてしまったほど「アンパン」
は威力があった。
現在の道路は当時の2倍の広さ。また、当時のアンパン屋のうち残った
最後の1軒である明治39年創業の「ほんま」が出している「月寒あんぱん」
は、当時のアンパンを再現した名物となっている。札幌市民ならたいてい
の人が知っているお菓子であるので、ぜひ食べてほしい。
国道36号線と平岸通や羊が丘通りを結んでいる比較的狭く坂道やカーブ
の多い道路である(下の写真参照)。交通量はそれほど多くない。月寒公園の南東に位置する。「アンパン道路記念碑」
は、1987年12月にアンパン道路脇に建立されている。アンパンって感じのかわ
いらしい記念碑になっていて、アンパン道路を後世に伝えている。ただし、
この記念碑はアンパン道路最大のカーブの内側に位置しており、探すのに
苦労する。交通の邪魔にならないようにしよう。徒歩であれば地下鉄東豊
線月寒中央駅で下車する。月寒あんぱん食べ、アンパン道路を散歩してみ
るのもいいだろう。ちなみに、アンパン道路はその先、平岸通りまで続いているが、白石藻岩通りの一部ともなっている。
【MISSION!(指令)】月寒あんぱんを事前に購入し、食べながら道路掘削工事の真似をしてみる。