| 定番度 | ★★★★★ |
| オススメ度 | ★★★★ |
| 住所 | 札幌市中央区北1条西2丁目 [地図リンク] |
| アクセス | 地下鉄東豊線大通駅下車、市役所側出口からすぐ。 |
| 訪問最適時期 | 通年。 |
| 営業日/時間 | 毎週月曜日(月曜が祝日の場合火曜日)及び12/29-1/3年末年始は休館、入館は9時~17時)。 |
| 滞在時間(目安) | 30分程度。 |
| 必要経費 | 大人200円、中学生以下と障害者手帳など所持者無料。 |
| 駐車場 | なし。土日祝日は道路をはさんで向かい側の札幌市役所駐車場が空いているため無料利用可能。公共交通機関利用をオススメ。 |
| 公式サイト | |
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札幌観光のメッカとも言うべき有名な観光スポットであるが、そ
の一方で、日本三大がっかり名所の一つとして数えられているのも
事実である。観光案内やガイドブックでは青空の中たたずむいかに
も北海道らしい姿で写し出され、行ってみたいと思うのだが、実際
に行ってみると、そこは交通量や通行量の激しい札幌中心部で、時
計台を取り囲むようにオフィスビルが林立しているのである。観光
ガイドの写真の撮影テクニックに脱帽するばかりなのである。
そんな札幌時計台だが、観光スポットとしてはやはり根強い人気
である。ある場所はがっかりだが、建物自体は美しい。今でも年間20万人が訪れている。国指定重要
文化財の一つであり、正式名称は旧札幌農学校演武場だ。
入館は有料だが、外から見るのは無料である。1998年には、コンクリート製記念撮影用お立ち台が設置されたが、2007年3月28日に木製手すりつきにバージョンアップした。時計台を全体から見るには、向かい側にあるビル2階に行くと良い。ここも撮影スポットになっている。
時計台ヒストリー
札幌農学
校の演武場として完成したのは
1878年10月16日、まだ明治時代のこと。札幌農学校の敷地内真ん中に建築された中心をなす建物だった
が、札幌農学校が移転(現在の北大位置)した後に、建物ごとお引越
しした。新築当時は
現在位置より150m北東にあったとされている。
もとあった場所には
「演武場跡碑」が建立されている。
1階は研究室や標本展示室、2階は現在で言うと学校の体育館の役
割を担った。札幌農学校二代目教頭の
Wホイラーが構想を練り、安
達喜幸氏が設計して完成した。1879年には札幌本庁が焼失した代替
庁舎として活躍したり、札幌大火の際に焼失した裁判所や郵便局の
代替裁判所・郵便局としても活躍した。
また新築当時は鐘楼のみだ
けだったものの、黒田清隆氏の提案により、
1881年7月に新しく、
ハワード社の時計を収めた時計塔を設置した。時計塔四面に
直径が
1.67mある時計版、かつ鐘をならす
「時打重錘振子式四面時計」。鐘の重さは226kg。
明治後期には
札幌区の公会堂として使用された後札幌区へ移管と
なった。その後北海道教育委員会・札幌区教育会、北部軍施設、商
工会議所、市立図書館など、様々な役割を担った。1995年から4年間で改修工事を実施した。地下にはディーゼルエンジン式給水ポンプと受水層(40t可能)が敷設された。
時計台の様子
昭和中期の1961
年には
札幌市文化財第1号となった後、1970年6月17日には
国指定重要文化財、1996年7月に環境庁が選ぶ
「日本の音風景百選」の一つ
にもなった。昔は鐘の音が4km先まで響いたといわれている。時計
は今でも毎時間、時の数だけ鳴り(1日合計156回)、夜中でも鳴る。
白い概観の時計塔は現存する
日本最古のもの。しかも主要部品の
交換をすることなくアメリカのハワード社製時計が1世紀以上に渡っ
て現役で動き続けているので貴重とされる。ただ毎週保守やおもり
巻上げ作業を行わなければならない。市内井上時計店をはじめ、ボ
ランティアによって支えられている。
白い壁に赤い★マークつまり
開拓使マークが北海道らしい。高さは時計塔てっぺんまで5階建相当
の
19.8m、メイン部分は木造2階建(13.2m)。面積は759.8m2。札幌の歴史であり、札幌の市民が親しんできたシンボルとして大切にされ
続けている。
時計台の中は
資料展示室となっている。すべて見るとなると1時間
以上かかることもある。1階には北海道の歴史と文化財の資料室、
開拓使と農学校の歴史や時計台の歴史、時計台修復の様子、2階に
は時計台の仕組みなどを映像で紹介する80インチ大型ビジョンが設
置されている。視聴席は4人がけ木造椅子で、さながら教会のよう。
【MISSION!(指令)】時計台には合計17もの開拓使マーク(赤い★)がある、すべて探せ。
