| 定番度 | ★★★★★ |
| オススメ度 | ★★★★★ |
| 住所 | 函館市五稜郭町43-9 [地図リンク] |
| アクセス | JR函館駅から車で約15分、市電五稜郭公園前駅下車徒歩15分。 |
| 訪問最適時期 | 通年。 |
| 営業日/時間 | タワーは8:00~19:00(冬季は9:00~18:00)。 |
| 滞在時間(目安) | 1時間~。 |
| 必要経費 | 公園は無料、タワーは大人840円、中高校生630円、小学生420円。 |
| 駐車場 | 手狭のため有料駐車場利用。 |
| 公式サイト | |
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函館市や道内の代表的観光スポットのひとつ。ここでは、特別史跡五稜
郭跡を公園化したエリアと隣接する展望台である五稜郭タワーを紹介する。
訪問には公共交通機関利用のこと。車の場合は、無料駐車場が五稜郭タワー
側とは逆側にあるが手狭である。ほかに近隣に有料駐車場がある。
国指定特別史跡五稜郭跡
亀田役所土塁、柳野城は開設当初からの別名。江戸時代末ごろ1866年に
江戸幕府(徳川家定)命令により建設された城郭である(1857年に着工)。城
郭といっても、日本式ではない。設計した武田斐三郎は洋式軍学者として
知られており、五稜郭も
日本初の洋式城郭(フランス型稜堡式)として建設
されている。その名の通り、星形五角形で、外側に堀がめぐらされている。
1864年以降
「箱館奉行所」が五稜郭内に置かれていた。その後戊辰戦争
最後の戦いである
「箱館戦争」の舞台となった。1868年10月26日に土方歳
三らにより占拠され、翌1月に
箱館政権(蝦夷共和国)を樹立した。
しかし、1869年5月18日に新政府軍に敗北し、五稜郭を明け渡すことで、
落城し、蝦夷共和国が消滅し、同時に箱館戦争が終結することになった。
その後明治政府により、五稜郭内の建造物が壊され、軍隊の施設になった。
1914年以降は
「五稜郭公園」となり、1955年には
市立函館博物館分館がオ
ープンした(博物館分館は2008年に閉館・解体)。建物前には箱館奉行所玄関
の木造屋根、箱館戦争当時の英国製大砲(築島台場にあった)とドイツ製大砲
(明治政府軍艦にあった)の合計2つの
大砲(口径14cm)が置かれている。
「箱館奉行所兵糧庫」(ひょうろうこ)は入場無料で9:00~17:00(夏季限定、
月曜日休館)。食糧などの物資を備蓄していた。落城後の取り壊しを免れた唯
一の建造物であるが、老朽化のため2001年から2002年に復元工事を実施した。
面積60坪平屋土蔵造で、当時の水道管も展示されている。
五稜郭中央広場にはアカマツが植えられ、井戸、設計者の
「武田斐三郎顕
彰碑」(1964年7月18日建立)もある。また、公園内には遊具、
「藤棚」という
藤の花がきれいなスポットもある。2006年に着工した復元
「箱館奉行所」は
2010年に完成。公園面積は25.2ha。
1922年国指定史跡、1952年
国指定特別史跡になった。ほかに日本100名城
(日本城郭協会2006年4月6日)、
北海道遺産(2004年)にもなっている。5月に
は
「箱館五稜郭祭」が開催されている。ちょうどその頃には五稜郭で約1600
本の桜が咲き誇る
桜名所でもある。冬には
「五稜星の夢イルミネーション」
も開催。
五稜郭タワー
1964年12月1日に五稜郭築城100年を記念して運営会社とともに開業した。
有料施設でありながら五稜郭を上空から一望できるため人気スポットであり、
1990年に通算1000万人突破、2002年に2000万人突破している。
2004年11月に新五稜郭タワー建設工事着工し、2006年3月20日に竣工、同
年4月1日に新タワーが開業した(同年12月1日にグランドオープン)。この時
期、一時的に新旧両タワーが並んでいた。
旧タワーは高さ60m、新タワーはそれ以上の高さの107m(避雷針含む)と
なり、塔全体の断面を星型にして、展望台の形も五角形にしている。展望台
の高さは2階90mと1階86mである。
タワー1階には、函館の陸けい島をあらわす床下ディスプレイ「箱館の光」
(直径6m)、武田斐三郎像、榎本武揚像、開陽丸模型もある。2階にはカフェ
「Cafe107」(高さにちなむ)やレストラン、展望1階には売店とカフェ、展望
2階には
「五稜郭歴史回廊」という五稜郭歴史資料展示場や、函館出身彫刻家
小寺眞知子氏によるブロンズ彫像「土方歳三之像」がある。
別館の「アトリウム」には、パン屋「Food&Drink107」(高さにちなむ)、
函館出身彫刻家小寺眞知子氏によるブロンズ彫像「五稜郭に立つ土方歳三」
が建立されている。ガラス張りの室内が気持ちよい空間である。
【MISSION!(指令)】 中央部にある松と背比べ。




