皆さん、
「国内初の鉄道」といえばどこをあげますか?「新橋~横浜」
でしょうか。確かに正解といえます。学校でもそう教えるところが多いと
思います。が。北海道の皆さんは覚えておきましょう。北海道に日本初の
鉄道が走っていたことを。
日本初の鉄道とは?
「道内で最初の鉄道で国内3番目の鉄道」(最近は国内4番目という見解もある)として名高い手宮線(手宮~札
幌間)の鉄道。これは実は、道内2番目の鉄道になります。道内最初、かつ
国内最初の鉄道は後志(しりべし)管内
泊村茅沼(かやぬま)にありました。
(地図はこちら)
茅沼の鉄道が日本最初となっていない理由は、動力が機関車ではなく、
トロッコ車両だったからでしょう。また、産業専用だったということや、
鉄道よりも軌道に近いものだったことも関係します。しかし、日本初の
蒸気機関車が牽引する新橋~横浜間の鉄道より3年も前、道内最初の鉄道
より11年前に、この鉄道が走っていたことになります。
まとめると以下のようになります。
・1869年:日本最初の産業専用茅沼炭鉱軌道開通
→ 茅沼炭鉱~海岸間
・1872年10月14日:日本最初(2番目?)の鉄道開通
→ 新橋~横浜間
・1880年11月28日:北海道初(2番目?)の鉄道開通
→ 手宮~札幌間
でもなぜ鉄道が必要に?炭鉱の歴史と関係!
鉄道の
距離は2.8kmでした。内陸の山の「茅沼炭鉱(※1856年発見・江戸
幕府第13代将軍徳川家定の命令により開始)」
から石炭を海岸に急いで運ぶため鉄道は必要不可欠でした。
そんなに急ぐのにはワケがあり、江戸時代の1864年に幕府より「開港し
た箱館港の外国汽船に燃料の石炭を供給するように」とお達しがあったの
ですが、間に合いそうに無かったため。
そこで、イギリス人の
炭鉱技師であったガール氏が鉄道の建設を提言、
機械技師スコットと建設指揮にあたり、1867年に着工。しかし江戸幕府が
倒れたり明治維新やらなんやかんやあって、2年後に開通することになり
ました。
茅沼炭鉱鉄道をもっと詳しく!
木製枕木に表面に鉄板を張った木製レールを敷いた軌道だったようです。
しかもレールとレールの幅である軌間は762mm(現在より狭い)。後に鉄の
レールに変更されました。
謎なのは、機関車も無く、どうやって運転したのか・・・ということで
すが、川に沿って海岸までということで、緩やかな傾斜があります。下り
に関しては
自重で下り、運転手がブレーキ機能を使うことで解決。
登りに
は牛を使いました。
鉄道は2段階になっていたようです。山の炭鉱から急な坂の部分では1t
貨車を使い、滑車を利用した
ケーブルカー方式を採用。そこから川沿いに
海までは、前述のように自重と牛で4tの貨車を使ったということです。後
に昭和に入って機関車が導入されています。また、岩内までも鉄道が敷設
されていきました。
道内最初の炭鉱「茅沼炭鉱」は、道内他の炭鉱の行方と同じく破綻・閉
山への道を歩むことになります(1964年)。また、鉄道自体も1962年に廃止
されました。
※現在、泊村の茅沼地区に炭鉱の痕跡はあまり見当たりませんが、唯一
ズリ山を茅沼市街のさらに奥地に見ることができます。以下の写真は茅沼市街を貫く道路からの風景です。上から順番に、ズリ山側から海側に至ります。
地図でいうと、老人ホームあたりから始まります。