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国内唯一! 鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

北海道札幌市の清田区美しが丘に、国内唯一と言われる「鮭」でだしを取った鮭ラーメン専門店があるとのウワサが。

「鮭……ラーメン!? それも専門店!?」これは珍しいです。俄然興味が湧きました。早速取材に行ってきました。

まずはカウンターに注目

厚別中央通り沿いを札幌市街方面から車を走らせていると、白と赤の暖簾が見えてきました。

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

無事到着、店内に入ると、店主の赤松俊宏氏が出迎えてくれました。

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

店内でパッと目に飛び込んできたのは、ちょっと変わった加工がされているカウンター上部と待合席、レジカウンターの部分と似顔絵イラスト。

赤松氏に聞いてみると、「変わってるでしょう、これは。お客様にも大好評なんですよ。『鮭の魚箱』を建築アート加工したもので、この工法で作っているのは日本でただ一人です。恵庭市の宮大工・村上さんという方が作ったものなんです」。

「イラストの方は常連のお客様が描いてくれたもので後ろ毛の部分が鮭の尻尾になってるんですよ! 名前も付けていて、鮭吉と言うんです。赤松が大ファンの矢沢永吉から取りました(笑)」

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

そんな貴重なエピソードを伺っているときも、鮭だしのいい香りが店内に漂い、すぐにでも試食したい気分に駆られましたが、まずは赤松氏のこと、鮭だしラーメンのことなどをいろいろとインタビューしてみたいと思います。

「元シークレットGメン」!? 異色の経歴を持つ店主・赤松俊宏氏

赤松氏は、大学卒業後某石油ケミカルメーカーの営業マンを30年務めたのち、2010年にこちらのお店をオープンしたそうです。 実は営業マン30年の中で途中、「国家要職シークレットGメン」という職務を約15年兼任していたのだとか。

国内唯一!  鮭だしラーメン専門店「麺匠赤松」が仕掛ける鮭ラーメンとは!?

―― 聞きなれない仕事ですが、言える範囲でどんな職業なのでしょう?

「恐らく多くの方が、初めてシークレットGメンの存在を耳にすると思います(笑)。 この仕事は刑法、民法問題を解決させる極秘任務の組織……簡単に言えば逮捕権の持ってない警察といったところかな?」

こういった仕事が世の中であるのも初めて知りました。そこからラーメン店開業した人物は赤松氏くらいではないでしょうか。まさに異色中の異色です。

「そうですね、多分赤松くらいでしょう。こんな経歴持ってるのは(笑)。でも、小さな頃から『独立したい』というボヤーとした未来像はあったんです。 赤松は、生命の危機に迫る大病で3年間休職したんです。その経験を経て人生もう一度初心に戻し自分の為の人生勝負をしたいと決意して、53歳を迎える半月前にラーメン店開業をしました。 修業も暖簾分けでもなく、50歳過ぎて突然札幌ラーメン界に殴り込み、という訳です(笑)。でも、勝つ自信はあったんです」

「ラーメン店はなぜ『魚介』とひとくくりにするのか」という疑問が。ラーメン屋開業のキッカケ

―― なぜ「ラーメン」だったのでしょう? そして未経験の業界で「勝つ自信がある」という主な理由はなんでしょう?

「赤松は営業マン時代、国内外の出張、接待族でした。子供の頃からラーメンが好きだったこともあり、出張・接待で日本国内各地のラーメンを食することが出来たんです。 その中で疑問が1点生まれました。それは『ラーメン店はなぜ魚介とひとくくりにするのか?』ということ。和洋中は必ず素材名がわかる料理なのに、ラーメンだけは魚介とひとくくり!そういう不満があったんです。 独立しようとなった時ふと考えていると、北海道産らしい魚だしなら鮭だ!! 誰もやってないからこれで自分の納得のいくラーメンをやってみよう!と思ったのがきっかけです」

サービス精神やお客様ファーストの精神が業界には圧倒的に足りないという気づき

「勝つ自信があるという理由は、ラーメン業界はサービス精神やお客様とのコミュニケーションが足りない、と強く感じていたからです。赤松は営業マンとして、味の前に店に入りやすい、行きやすい空間・環境づくりが重要だと知っていました。例えばフレンチではシェフがお客様のテーブルに挨拶に来ますよね? なぜラーメン屋はそういったお客様ファーストの行動を一切していないのか疑問でした。そういった点で赤松は営業マン時代から、そういった人と人との関係性を大切にしてきて、ラーメン屋としてもその精神を活かそうと考えていました。業界では異端ですが、そのことで逆に生き残れると思ったんです」

筆者について

マーヴェリック

マーヴェリック

アラフィフ世代の「カメライター」。出版編集プロダクション法人経営者でもあり、関わった書籍は30冊、雑誌/新聞は50誌を超える。写真家としてもフランスのギャラリーと専属アーティスト契約をしている。長年東京のメディア業界で活動していたが、5年前に故郷である札幌に戻り、北海道の魅力再発見に取り組む「観光特産士」の顔も持つ。【Sクラス認定ライター】