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 6月下旬から7月上旬にかけて見頃を迎える亜麻の花。薄紫色の花が">亜麻王国北海道 – 北海道ファンマガジン [ファンマガ]
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亜麻王国北海道

編集部
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 6月下旬から7月上旬にかけて見頃を迎える亜麻の花。薄紫色の花が咲き誇る亜麻の畑は美しいですが、実は朝に咲いたら午前中で散ってしまう短い命。亜麻の畑がある地元では初夏の風物詩のひとつとして親しまれつつあります。亜麻は北海道だけが栽培最適地というのはご存知でしたか?

亜麻とは?

 アマ目アマ科の一年草。中央アジアが原産とされていて、亜寒帯地域の世界各地で栽培されています。日本では北海道だけが該当する気候で、亜麻産業は明治時代に始まりました。

 4月下旬から5月上旬の種まきを経て、6月下旬から7月上旬に花を咲かせ、8月中旬までに収穫時期を迎えます。花は直径約2cmの薄紫や水色ともいえる美しい花。茎の高さは60cm。花は朝咲きで、午前中には散ってしまうというはかないもの。したがって、当別町の北海道亜麻まつりは7:00~13:00開催です。

亜麻王国北海道

 

亜麻と北海道の関係

 北海道開拓時代でもある明治時代、1871年にお雇い外国人としてやってきて野生ホップを発見したことで有名なトーマス・アンチセル氏が亜麻生産の提案者といわれます。アンチセルの提案を受けて、榎本武揚氏によって亜麻から繊維をとる技術を導入し、生産を開始しました。

 1890年には北海道製麻株式会社が設立。道内初の雁木工場、道内亜麻発祥地の琴似をはじめとして道内各地に亜麻工場が建設されていき、右肩上がりで成長、1921年には亜麻工場の数は数社合計85箇所だったとか。働いたのは屯田兵の妻など女性も多く含まれていたようです。

 道庁はその後も亜麻を主要生産物の一つに据え、とくに1914年から1945年までの戦時下(第一次・第二次世界大戦)には亜麻作付面積を大幅に増やして繊維を製造し続けました。中でも十勝の作付面積は道内最大を誇りました。

 戦時下は軍も亜麻工場経営に参画するようになり、ピークを迎えた1945年ごろには、作付面積は約4万ヘクタール(ゴルフ場600箇所分)でした。当別町六軒町(石狩当別駅北部)の亜麻工場は道内3番目の工場として明治27年6月10日誕生、周辺には旅館・劇場・病院等が立ち並び、最盛期には100人以上が勤務したといわれています。

 戦後、敗戦で軍需もなくなったことと、化学繊維の台頭で、天然亜麻は急速に衰退していきました。ついに1967年に道内での栽培が終了しました。ところで、こうした亜麻生産を由来とする地名が道内にあり、その代表例が、札幌市の麻生。現在の麻生町1~9丁目にあった琴似工場(約26万4000m2)の工場長が、閉鎖時に「麻」の字を残すことにしました。

亜麻王国北海道

亜麻生産の復活

 道内各地で亜麻工場を運営していた帝国製麻は現在も帝国繊維株式会社で存続していますが、2004年に札幌市に亜麻公社が設立され、石狩管内当別町をはじめ、札幌市、空知管内月形町、新十津川町、檜山管内厚沢部町といった地域の農家に栽培委託されています。2006年までに約9ヘクタールにまで作付面積が増加しています。

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