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札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

今もなお石油が湧いている! 肉眼で目の当たりできる感動の油田スポット

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

石段のある場所からさらに車で数分行くと、いよいよ石油の滲出している油田スポットに到着。もう何度となく書いていますが、ここもうっかりすると通り過ぎてしまうほどの場所。最徐行をして、道路からわずかに見える赤い看板を見逃さないで。

油の匂いも強くなり、道路から数メートル入った場所にあったのはこれ! ギラギラした大きな油たまりの真ん中に、石油の噴き出し口が見えます。「これが国産の石油なのか!」と感動して立ち竦んでしまいますが、時間の許す限りじっくりと観賞してみてください。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

「火気厳禁」はもちろん「立ち入り禁止」の文字の追加に、ちょっとした緊張が走ります。身を乗り出し、油に近づいて撮影したくなりますが、足もとがどんなことになっているのかよくわからない状態なので十分に気をつけましょう。ほとんど体をなさないロープが張ってありますが、これがまた何とも頼りなく、油たまりと一体化しているような感じです。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

(ポコポコポコポコ……)リズミカルに、とめどなく噴き出しています。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

天然ガスが噴出する音も微かに聴こえます。深緑色と茶褐色の不思議なコントラストを描いた油たまりは、そのまま下の方へ流れ出ていますが、ススキと笹薮に隠されて行方を追うことは不可能でしょう。何となくもったいない気持ちもしますが……。

これから真夏になると、さらにうっそうと雑草が生えるので、道路からはどこが吹き出し口なのかわからなくなるかも……。確実に見たい人は、春先か草が枯れ始める秋の終わりがオススメです。

そもそもなぜ石狩で石油が採れるのか? その真相はこれだ!

日本の油田は新潟県や秋田県、そして北海道の石狩と日本海側に多く見られますが、それはいったいどうしてなのでしょうか。

いしかり砂丘の丘資料館で地層や油田の研究を重ねている志賀健司学芸員にお話を伺いました。

「石油は、新生代新第三紀中世の地層に多いのですが、その頃といえば2000万年前から1500万年前に日本海が開いたことでそこに珪藻(けいそう)が大発生しました。それがやがて死骸という有機物になり、石油の材料になる地層を作りました」

日本海側に油田が多いのは、大陸から切り離されてできた日本海の地層が由来のようです。

「ただし、石油の成因については、生物は関係ない無機成因説*マントルなどの地下で化学反応によって作られた(地球深部ガス説)、46億年前に地球ができた時に取り込まれた宇宙成因説)と、生物の体が原料とする有機成因説がありますが、実はまだ決着がついていません。しかし石油のほとんどは堆積岩から発見されているので、有機成因説がほぼ勝利といったところですが」

石狩の油田は、1000万年以上前の厚田層という海底の堆積物で、ここに含まれているプランクトンの死骸から石油が生み出されているのだとか! 小さなプランクトンから石油になるなんて、どれだけ多く発生したのかと想像するだけで気が遠くなります。海底深く沈んだ死骸(有機物)は、深海のため酸欠状態になり、微生物による分解がないまま堆積岩(黒色頁岩)になって石油の原料になりました。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

古潭港付近にある厚田層の様子。これが1000万年以上前の海底にあった堆積岩だったとは! しかもこの地層は、札幌方面の地下深くに続いているそう。と、いうことは札幌でも掘れば石油が……?

この石油を含んだ厚田層、油を通すことができる盤の沢層、そして盤の沢層に蓋をするような役目をしていた望来層と、まるでミルフィーユのように重なった地層が尾根状の背斜が出現して油が滲み出る地形的条件が揃い石狩油田になりました。

産油産業衰退とともに消えたまちと、郷土の誇りを遺産として残す取り組みも

1929(昭和4)年頃、石狩油田は最盛期をむかえ、年間産油量は10,000キロリットル、原油を汲み上げる油井は188抗と、壮大な油田基地のような風景を作り上げていきます。

油田で働く従業員は250人を超え、その家族がこの地に暮らし、八の沢は神社や小学校、商店などが立ち並ぶ小さなまちになりました。

1941(昭和16)年、太平洋戦争に突入した日本は、石油の輸入がストップ。国策会社の「帝国石油」が事業支援したものの、年産は3,000キロリットルほどに落ち込み、操業の回復ができずに衰退してしまいます。

1960(昭和35)年、江戸末期の試掘から約81年で石狩油田は操業を終了しました。累計産油量は158,111キロリットル。北海道全体の産油のうち60~100%を石狩油田が占めていたそうです。

また、海岸近くの厚田油田(1931~1961年)や、ガトーキングダムサッポロの側にあった茨戸油田(1958~1971年)と、3つの油田があった石狩は、日本の代表的な産油地としての歴史と、それを生み出してくれた地層を、2017年度「石狩遺産006号」として認定。地元の価値を再構築するプロジェクトが立ち上がり、これからも長く語り継がれることでしょう。

現在の八の沢に民家はなく、人々の暮らしたまちは跡形もなく消えてしまいましたが、いしかり砂丘の風資料館では、油田の従業員さんが製作した油井とポンプの仕組みがよくわかる模型や、油田から採取した石油を手に取って見ることができます。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

模型から見て取れるように、原油の汲み上げは人の力も必要だったのでしょうか。当時のご苦労が伝わってきますね。

石油の入った瓶はずっしりと重く、とろ~っと動くリアルな油の分離を見ていると、操業当時の「この褐色の油をたくさん産出したい」という情熱、夢や浪漫が伝わってきました。

札幌近郊に道内最大級の油田があった?今も原油が湧き出る「石狩油田」

長い年月が造り上げた地層の恵みや、地球の素晴らしさに改めて感じる石狩油田。八の沢の油田跡を見た後は、資料館にもぜひ立ち寄ってみてください。

いしかり砂丘の風資料館
所在地:石狩市弁天町30-4
TEL:0133-62-3711
休館日:毎週火曜日、年末年始(変動があるためホームページでご確認ください)
入場料:大人300円(中学生以下無料)
公式サイト

筆者について

上坂由香

上坂由香

北海道札幌市出身。ぶらりひとり旅が大好きなエッセイスト。主に競走馬や旅先で見つけた素敵な風景を文字の中に綴っています。赤提灯を見つけると、自動的に入店してしまうクセが治りません。