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上斜里村はなぜ清里町になったのか―その改称の理由と歴史に迫る

オホーツク管内清里町。「きよさと」と読む美しい地名であるだけでなく、その景観も美しいことから2016年に「日本で最も美しい村連合」に加盟しました。

そんな清里町。実はかつて「上斜里村(かみしゃりむら)」だったのをご存知ですか? そして、町名の由来は、隣接する「小清水」と「斜里」から1文字ずつとったものだということを。

上斜里村はなぜ清里町になったのか―その改称の理由と歴史に迫る

小清水と斜里から分村した上斜里村

清里町のルーツは、隣接する小清水町と斜里町にありました。1943年、小清水村(当時)大字止別村の一部と、斜里町大字斜里村の一部を分村し、「上斜里村」として発足しました。

清里町中心部にある釧網本線の清里町駅は当時「上斜里駅」であり、斜里川の上流(川上)にある地域であることからそのように呼ばれてきました。

小清水村から分村した地域は、釧網本線の札弦駅や緑駅がある、町域の西部エリア。一方、斜里町から分村したのは、小清水の中心部にあたる水元町、羽衣町の地域や向陽地域など、東部エリアでした。

清里町北部の町境界線に直線が見られることは、区画に合わせて分村したことを物語っています。

上斜里村はなぜ清里町になったのか―その改称の理由と歴史に迫る

12年後の町制施行で同時改称

上斜里村時代はその後12年間続き、1955年を迎えます。この年の初頭の住民基本台帳によると、村全体で1,808戸、10,551人を数え、町制施行が現実味を帯びていました。

ついに同年6月19日、臨時村議会で「村を町となすことの申請」について審議を行い、同年8月1日に町制施行することが決定しました。

この町制施行を機に、町名を新たにしようと、村では一般公募を行いました。その結果選ばれたのが「清里町」。「清らかな里」という意味、そして分村の歴史を後世に遺す意味と母村への敬意を込めて、小清水の「清」と斜里の「里」を採用しました。

アイヌ語の意味を持つ地名が多い中で、元になった町村の漢字を一文字ずつとった例は、道内では珍しいほうです。山梨県に同名の地名がありますが、そことは全く関係がなかったのです。

上斜里村はなぜ清里町になったのか―その改称の理由と歴史に迫る

改称の件は同年7月の村議会で議決し、8月1日の町制施行と同時に改称することが決定しました。6月に町制施行、7月に改称をそれぞれ村議会で審議されていることから、急ピッチで物事が決まっていった様子を窺い知ることができます。

町制施行&改称後、分村の名残である2つの大字、大字斜里村と大字止別村は水元町、羽衣町、向陽、上斜里、江南、札弦町、緑町など、現在の字名に置き換えられました。また、町制施行から8ヶ月後の翌1956年4月10日には、釧網本線上斜里駅が新町名に合わせて「清里町駅」に改称されました。

旧村名である「上斜里」は現在、町内の字の一つとして残っている他、駐車場、フラワーロード、墓地の名前としても見られます。

清里町を訪ねる際は、こんな歴史を念頭に置きながら、町名にふさわしい美しい景観をお楽しみください。

参考文献:『清里町史』

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