学ぶ

北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

石簾マサ
Written by 石簾マサ

かつて北海道のおみやげといえば、木彫りの熊が定番中の定番だった時代がありました。そういえば実家の玄関に飾っていたなぁと懐かしく思い出す人も多いのではないでしょうか。

実は、木彫りの熊は農村の暮らしを支える民芸品として誕生した経緯があります。八雲町が木彫り熊発祥の地ということで、そうした誕生秘話などを伺うため、さっそく八雲町に行ってきました。(トップ写真許諾:八雲町木彫り熊資料館)

北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

木彫り熊のルーツはスイスだった

北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

話を聞くために訪れたのは「八雲町木彫り熊資料館」です。八雲町木彫り熊資料館は、それまでの「林業研修センター」をリニューアルして、2014(平成26)年4月1日にオープンしました。

▼入口を入ると大きな木彫り熊がお出迎え
北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

八雲町で木彫りの熊が発祥した経緯を調べていくうちに、八雲について知っておく必要があることがわかりました。八雲は、明治維新で侍という職を失った旧尾張藩士たちが、新天地を求めて移住し、開墾した土地です。その当時の当主徳川慶勝(よしかつ)が、開拓使に払い下げを求めたことにより実現しました。開墾された土地は、尾張徳川家十九代当主の徳川義親(よしちか)の尽力により、1910(明治43)年、士族移住者には無償で譲渡されました。

▼尾張徳川家十九代当主の徳川義親(写真提供:八雲町木彫り熊資料館)
北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

義親は、1918(大正7)年から熊の生態を調べるため、また熊による農作物などへの被害を減らすため、毎年のように八雲に熊狩りに訪れていました。その際、経済不況などの影響で貧しい生活を強いられる農民たちの姿に出会いました。

1921(大正10)年からヨーロッパ旅行に出かけていた義親は、スイスのベルンで農村美術品(現在のいわゆる民芸品)を目にしました。冬期、農作業ができなくなる八雲での副業として、農村美術品を制作し販売することで、生活の向上につながるのではないかと考え、いくつかをみやげとして持ち帰ったのです。

▼義親によって持ち帰られた農村美術品のひとつ(写真許諾:八雲産業)
北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

義親は帰国後、持ち帰った農村美術品を届け、それを参考にどんどん作るように奨励しました。さらには、農村美術工芸品評会も開催しました。品評会にはたくさんの工芸品が出品されていましたが、その中に2つの木彫り熊が出品されていたのです。それは、酪農家の伊藤政雄(1884年~1936年)が、スイスから持ち帰られた木彫り熊をモデルに製作したものでした。これが、木彫り熊の第一号です。

▼スイスから持ち帰られたものを参考にして伊藤政雄が作成した木彫り熊のうちの1つ(写真許諾:八雲産業)
北海道土産の定番だった木彫り熊―その発祥地は八雲町だった!

筆者について

石簾マサ

石簾マサ

すべてのしがらみを捨て札幌で永住するぞ……と移住してきた50代のおっさんライター。札幌楽し~い。移住者が見た札幌の楽しさ・良さを伝えていければ……と思っております。【編集部専属ライター】