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 「れんが王国」と言えるほどではないかもしれませんが、それで">レンガが似合う北海道「野幌レンガ」 – 北海道ファンマガジン
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レンガが似合う北海道「野幌レンガ」


 「れんが王国」と言えるほどではないかもしれませんが、それでも、全国的に見ても、れんが建造物の多い北海道ということができます。

 意外と道内の観光名所にも、レンガ造りの名所が多いことに気づきます。代表的なものは、赤レンガと呼ばれ親しまれている「北海道庁旧本庁舎」「サッポロビール」、函館には「金森レンガ倉庫群」、網走の「網走刑務所」などなどがあげられます。主に札幌や函館に集中していることがわかります。

なぜ札幌や函館にレンガ造りが多い?

 なぜ函館や札幌に多いのかというと、まず札幌は開拓使が置かれて、北海道の開拓において洋風化を進めたからです。その象徴とも言うべきものが先ほども触れた「北海道庁旧本庁舎」なわけです。

 函館は、ペリー来航の幕末期に開港された港のひとつでしたので、必然的に洋風化が進みました。札幌や函館、いずれも郊外にレンガ工場が立地しました。札幌の場合は江別村(現在の江別市)、函館の場合は茂辺地村(現在の北斗市上磯)にそれぞれ工場を設立しました。

 北海道のレンガ造りの歴史を見てみると、まずはじめに1872年に函館の近くの茂辺地村で製造され、少しの間は札幌へも輸送されていたようです。その後、札幌の北郷、樺戸や網走などの集治監、上湧別、江別など道内8地区17工場でレンガ製造が行われるようになっていきました。

 特に、函館は明治時代は大火の街として知られるほど火事が多かったようで、防火のためにもとどんどん使われました。また、開拓使が建築資材にれんがを推奨したことで、道内各地で使われるようになりました。

れんがの街といえば江別!!

 明治中期の1891年に始まった江別でのレンガ製造。これがその後の北海道産レンガを変えることになりました。北海道の中心が函館から札幌に移っていくにつれて、札幌近郊のレンガ産地である江別での製造が中心になっていきました。最盛期には14もの工場が、船の煙突のように林立していました。

 特に、江別の野幌地区でのれんがは、現在でも有名な「野幌れんが」として知られるようになります。ここは野幌丘陵に位置しており、遠く樽前山から降り積もった火山灰が、年月を経て鉄分を豊富に含んだ粘土となっています。これがレンガ造りに最適だったわけです。さらに、石炭など燃料となるものも手に入れやすかったという理由もありました。

 現在でも、江別は100年以上もの歴史を持つれんがの街です。れんがというと、歴史的建造物だけと思うかもしれませんが、現代にも生かしています。なので、江別市内にはれんが作りの建造物がいたるところに見られるのです。

 レンガ生産については道内でここだけ、現在3つの工場が稼動しています。生産量でも、国内のレンガシェアの4割程度を占めています。そして、2004年、北海道遺産のひとつとして選ばれ、後世に残していくべき遺産となりました。


(※補足:江別では土器を中心に遺跡が多数発掘されています。江別文化と呼ばれるもので、これが北日本一帯に広まった時代がありました。当時から粘土質の土壌であったことを示していて、明治のレンガ造り、現在の北海道最大のやきもの市まで、その歴史は受け継がれています)

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