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北海道は国産ストーブ発祥地

 冬の時期は、ストーブが恋しいものです。そんなストーブの国産第1号 発祥地は北海道だって知っていましたか?寒い地だったからこそ必要だっ た国産ストーブ発祥の歴史に迫ります。※箱館とは現在の函館です。

国産ストーブ製造誕生概略!

 ときは安政3年、つまり江戸時代末期の1856年。当時のお役所であった 箱館奉行がストーブ製造を命じました。当時は北海道開拓が本格化する前 で、道北の樺太方面、道東の千島方面まで北方警備が行われていましたが、 冬を乗り越えるための防寒対策としてどうしても必要でした。

 しかし、国内に1つもストーブがない状況で、どうやって作るのでしょ うか。実は、入港して停泊していた英国船に備え付けられていたストーブ が、その原型となりました。英国船のストーブを見本とし、観察し、スケ ッチし、設計し「ストーブ」を完成させました。

 そのサイズは……。高さ40cm、直径50cmの胴体。これにお椀を逆さに したような蓋がついて、煙突へつながるというもの。石炭使用。

国産ストーブに関わった人たち!

 製造の発端となったのは、道北の宗谷(そうや)地方へ転勤を実際に命じ られた梨本弥五郎(なしもとやごろう)という人。そしてもう一人、武田斐 三郎(たけだあやさぶろう)という人。この人は五稜郭設計で有名な学者。

 梨本は、宗谷へ旅立つに際し、寒さの厳しさが不安の種でした。それで ストーブのことを知っていた武田にストーブを造ってもらいたい旨、箱館 奉行に申し出ました。武田は箱館奉行の村垣淡路守(むらがきあわじのか み)の命令により、ストーブの視察に出かけ設計し、箱館の職人源吉が製 造を引き受け、鋳物職人の孫左衛門、及び瓦師利三郎が製造を担当しまし た。

 職人は製造にてこずりました。道内各地に送るために、22台の製造が必 要だったにもかかわらず、作業はなかなか進まなかったようです。しかも ようやく完成したストーブも、冬のシケで箱館をたつことができません。

 冬も本番に入る時期で、すでに家族とともに宗谷に移動していた梨本は すぐに必要だったのですが、箱館からストーブが届かないのでは困り物で す。そこで、地元宗谷のアイヌの鍛冶職人景蔵に製造を頼むことにし、以 後ストーブが各地に広まっていきました。

国内ストーブ発祥の地は道内に2つ!

 以上が国産ストーブの歴史の流れでしたが、要点は次の点。国内でのス トーブ発祥地は道内に2つあるということです。いずれも1856年です。

 1つは、箱館つまり函館。ここは国産ストーブ第1号製造場所であり、そ の最初のストーブに火を入れた場所でもあるということ。その火入れの日 付は11月25日。函館市の箱館高田屋嘉兵衛資料館では毎年この日に国内初 のストーブ復元版の火入れ式を執り行っています。

 もうひとつは、稚内。日本最北端の地「宗谷岬」の近くです。こちらは 「実用ストーブ発祥地」とうたわれます。いずれにしても国内ストーブ発 祥地は北海道ということです。

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