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北海道民謡江差追分のパパとママは?

編集部
Written by 編集部

北海道民謡江差追分のパパとママは?

 北海道にも、古くからの民謡というのがあります。日本国内からすれば北海道の歴史 は比較的新しいわけですが、道南は道内でもっとも歴史あるエリアです。根付いた民謡 の多くもその道南にあります。その代表といえばなんといっても江差追分!民謡の王様 と形容されるくらい絶賛される全国的にも有名な民謡ですね。

江差追分のパパとママとは!?

 その起源はあいまいになっていますが、北海道に渡ってくる前は信州→越後→蝦夷地 という経路をたどって唄いつがれてきたようです。追分節からの越後追分(松前節と呼ば れた)と、松坂くずしからの謙良節の2つとが江差に運ばれて、それらが結びついて「江差 追分」が誕生したということなのです。このように越後から伝わったというのが定説となって います(その他にもアイヌ唄起源説や義経伝説起源説などがあるようですが)。

 発祥時期は江戸時代松前藩13代藩主時代(1800年頃)とされています。当時北海 道は箱館や松前を中心として、江差という有力な港が大変栄えていました。江差は大 きな街だったわけです。

派閥誕生から統合へ

 そんな江差追分は次第に我流が登場。俗に流派といわれますが、浜小屋節、 詰木石節、新地節、芸者節などが生まれました。北海道らしく自由な風潮のもとで、 形式にとらわれず(もっとも決まった形式などなかった)唄われたようです。

 でも、時代が進むにしたがってそれらの派閥を統合する動きが出てきました。これを 正調江差追分と呼び、江差追分正調研究会までもが設置されました。その元祖とも いうべき三味線の名手「小桝のばあさん」が二上がり調を定型化して民衆に教えました。 弟子の平野源三郎は明治44年に江差追分標準節を作り広めようとしました。その後 江差町長を会長とした江差追分会が発足してはじめて統一化が完了し、昭和初期 にはレコードが全国へ、さらにはオーストリアの指揮者が日本の音楽として紹介したこと から世界的にも注目されるようになったとか。

江差追分の特徴

本唄が主体、二上がり調子、7節を7声で途中切らずに唄う、江差追分三大歌詞は 「かもめの鳴く音にふと目をさまし あれが蝦夷地の山かいな」「忍路高島およびもないが せめて歌棄磯谷まで」「松前江差のかもめの島は 地からはえたか浮き島か」、など。 前唄・本唄・後唄に分かれる。7節は2分30秒~2分40秒に唄い終わる。

(※参考:江差町江差追分資料)
(※松前町には松前追分があります。江差追分とはスタイルも節回しも違います)
(※江差追分の名称は江差町内あちこちで見かけます。江差追分会館はもちろん、 海岸沿いの国道を追分ソーランライン、町の行政組織には江差追分課追分係が あったり、合併協議では江差追分町案が出ました)

そして現在……

 現在では毎年「江差追分全国大会」が開かれる充実ぶり。2006年の第44回では、史上初となる姉妹での優勝が実現(第44回優勝妹:寺島絵美さん、第41回優勝姉:寺島絵里佳さん、檜山管内乙部町)するなど、若手の台頭も目覚しいものがあります。最近では江差追分で最も注目されて いるアーティスト「香澄(かずみ)」さんが英国で2004年7月開催されたスランゴスレン国際 音楽祭の郷土音楽独唱部門で優勝という輝かしい成績を残し、世界中にさらに認めら れるようになりました。
・公式サイト→
アルバムCDもリリース中、北海道内で購入できますし上記サイトからも可能です。



北海道民謡江差追分のパパとママは? 北海道民謡江差追分のパパとママは?北海道民謡江差追分のパパとママは? ▼日本民謡大全集 北海道編
江差追分(前唄・本唄・後唄)・ソーラン節・いやさか音頭・十勝馬唄・道南口説・浜小屋おけさ・船漕ぎ流し唄・北海謙良節・松前三下り・北海たんと節・北海盆歌・出船音頭。江差追分だけじゃなくて、北海道の民謡が収録されているのでちょっとお得。特にソーラン節入ってるしね。

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