なぜ牡蠣のまちでウイスキー? 厚岸蒸溜所を訪ねてみた

道内各地の特産品や地場産業の話題をお伝えする連載「北洋銀行のこの街紹介」。今回は厚岸町からお届けします。

道内のみならず、全国的に有名な「厚岸の牡蠣」。湿原から流れ込む清冽な水と、太平洋からの栄養豊富な海水が混じり合った厚岸湖、そして、一年を通して海水温の低い厚岸湾で育った牡蠣は、癖のなく濃厚な味わいが高く評価され、近年では、全国各地のオイスターバーやレストランでも人気の品となっています。

そんな厚岸で、2013年からウイスキー造りが始まっていることを、みなさんはご存知でしょうか? そのルーツは意外にも地球の裏側、イギリスのアイラ島にありました。

「アイラモルトを日本で造る」という夢

ウイスキーの産地は世界中にありますが、スコットランドが誇る銘酒「スコッチウイスキー」は、世界でもっとも有名なウイスキーの一つ。

中でも、スコットランド西部のアイラ島で生まれるモルトウイスキー、いわゆる「アイラモルト」は、その独特な潮の香りとスモーキーフレイバーによって、ウイスキーファンを長年魅了し続けています。

日本でも、そのアイラモルトに魅せられた、一人の男性がいました。食品原材料の輸入や、酒の輸出を手がける商社「堅展実業」の社長、樋田恵一(といたけいいち)氏です。

▼堅展実業の樋田社長

©︎2019 AKKESHI DISTILLERY

樋田氏は若い頃から、さまざまなウイスキーを飲んできましたが、その中でも、アイラモルトの独特な味わいに強く惹かれていました。

「いつか自身の手でウイスキーを造るなら、スコットランドの伝統的製法で、アイラモルトのようなウイスキーを目指したい」。そんな樋田氏の想いはやがて、「日本でのウイスキー蒸溜所開設」の夢へとつながります。

▼広大な低層湿原が広がる、蒸溜所周辺の自然環境

©︎2019 AKKESHI DISTILLERY

ウイスキー蒸溜に最適な土地を求め、国内のさまざまなエリアを探し歩いた結果、樋田氏がたどり着いたのは北海道東部の「厚岸町」。

豊かな湿原や自然に囲まれ、海から吹く冷涼な霧に包まれる厚岸の風土は、地球の裏側、アイラ島の自然環境と非常によく似ていたのです。

アイラの伝統的製法と、厚岸の風土を融合させたウイスキー造りは2013年、町内での試験熟成によってスタートを切ります。

2016年には、本場スコットランドのフォーサイス社製ポットスチル(蒸溜器)を設置した「厚岸蒸溜所」も完成。アイラ島から遠く離れた日本の厚岸において、これまでにない新しいウイスキー造りが始まりました。

▼厚岸蒸溜所の建屋 アイラ島の蒸溜所にならった「AKKESHI」の文字が印象的

▼銅製のポットスチル2基の奥には、神棚が祀られている

©︎2019 AKKESHI DISTILLERY

「厚岸オールスター」のウイスキーを目指して

厚岸でのウイスキー造りについて今回、厚岸蒸溜所の所長、立崎勝幸(たつざきかつゆき)氏に、お話を伺うことができました。

―― ウイスキー造りに適した環境として、厚岸を選ばれた理由についてお聞かせください。

厚岸を選んだ理由は3つありまして、まず1つめは「水」です。

弊社で造っているのは「モルトウイスキー」ですが、その原料は「水」と「大麦麦芽」、そして「酵母」の3つ。中でも、水が非常に大事なんです。

アイラモルトで使われている水は、アイラ島の「泥炭層を通ってきた水」なんですが、その水を日本国内で探すとなると、泥炭層のある土地はそう多くありません。

インフラが整備され、泥炭層を通った水を得られる土地を考えた場合、大きな湿地帯のある「北海道で」ということになります。

▼アイラ島と厚岸の地理を比較しながら、ウイスキー造りへの想いを語る立崎所長

2つめは「熟成環境」です。

スコッチウイスキーの熟成は、スコットランド地方のような「冷涼」かつ、「湿潤」な環境であることが求められます。

道内で冷涼な土地は多いものの、そこに湿潤が加わるとなると、最適な環境はそう多くありません。年間を通して気温が低く、湿原の水分によって湿度が保たれる北海道の太平洋沿岸東部、特に「釧路地方」が一番有力だったんですね。

3つめは「牡蠣」です。

実は、アイラ島では牡蠣の養殖が盛んでして、同じように牡蠣を養殖している地域であれば、ウイスキー造りにふさわしいだろうと考えました。

この「水」「熟成環境」「牡蠣」、3つのキーワードを当てはめて行くと、最終的に厚岸へたどり着いたという訳です。

▼甘みが濃厚な、厚岸産牡蠣の代表的ブランド「カキえもん」

―― 逆に、アイラ島にはない、厚岸オリジナルの魅力というものはありますか?

1つめは、これも「水」です。厚岸の周囲には湿原があり、その上流には、ミズナラの木が豊富に自生しています。

弊社のウイスキー造りでは、ミズナラの原生林に浸み込み、湿原の泥炭層を通ってきた水を使っています。水の硬度自体はアイラ島と同じくらいですが、違うのはその微妙な香りです。

海外では、ミズナラの木樽で熟成させたウイスキーは非常に珍重されており、伽羅(きゃら)や白檀(びゃくだん)の香りがすると言われているのですが、まさにそのミズナラ林に浸み込んだ水が、泥炭層を通って供給されているというわけです。

この、ミズナラ+泥炭層を通ってきた厚岸の水、アイラ島はもちろん、日本でもここだけにしかないであろう、唯一無二の存在だと思います。

▼蒸溜所周辺を流れる尾幌川 原生林に降った雨や雪は、湿原の泥炭層を通って川となる

2つめは「寒暖差」です。

アイラ島のあるスコットランドは冷涼な地域ですが、温暖な海流の影響で氷点下の気温にはなりません。その一方、厚岸の気温は下手をするとマイナス20度にもなります。つまり、1年を通した寒暖差がスコットランドよりも大きいということ。

実はこの寒暖差、「ウイスキーの樽熟成がより早く進む」というメリットがあるんですね。「冷涼」「湿潤」という点ではアイラと厚岸は共通ですが、「寒暖差」に関しては厚岸のほうが有利というわけです。

▼厚岸の「冷涼」「湿潤」「寒暖差」は、樽熟成に理想的な環境

©︎2019 AKKESHI DISTILLERY

3つめは「自然環境」です。

ウイスキーの熟成は、長いものだと50年の期間を要しますが、その間、樽の中のウイスキーは呼吸をしています。環境が変わって周辺の空気が汚れてしまうと、ウイスキーに良い影響を与えません。

厚岸はラムサール条約の登録湿地があり、現在、国定公園化の話も進むなど、優れた自然環境が保たれている地域。空気のきれいな環境が担保されているのは、ウイスキーの熟成にとっても好都合というわけです。

▼蒸溜所敷地内の熟成庫 森と湿原に囲まれた土地で、ウイスキーは熟成される

―― 厚岸ウイスキーをじっくり味わうために、オススメの飲み方や食事はありますか?

我々は「ストレートで美味しい」ように仕上げてはいますが、弊社のウイスキーは、アルコール度数が58度や60度と高めに造っていますので、少し加水して飲んでいただいた方が、香りをより楽しめると思います。

NEW BORNの3と4は熟成感のある樽で熟成し、香りが全て開くまで20分ほどかかるため、オンザロックなど、ゆっくりと加水されるような飲み方が美味しいと思います。

また、弊社のウイスキーは、炭酸や水割り、お湯割り、カクテルベースなどでも、その良さが壊れるようなことはありません。どんな飲み方でも、香りを十分に楽しめるよう造っています。

▼ストレートはもちろん、さまざまな飲み方が楽しめる

合わせる食事としては、やはり厚岸の食材が一番だと思います。なぜなら、ウイスキーも厚岸の食材も「同じ水」で育っているからです。

例えば、厚岸産の生牡蠣やアイスクリームに、弊社のウイスキーをかけて食べるとすごく美味しいんです。

湿原の水が厚岸湖や厚岸湾に流れ込み、牡蠣はその水で育ちます。そして、牛たちも同じ水を飲んで牛乳を出しますから、ウイスキーとのマリアージュが際立つのです。

―― 厚岸蒸溜所が目指すものについて教えてください。

私たちが目指す究極は、水、大麦、酵母、泥炭(ピート)、ミズナラ材の樽に至るまで、全て厚岸産のものだけで造る「厚岸オールスター」のウイスキーです。

また、富良野や中標津産の大麦を使用した原酒を弊社で造り、旭川のミズナラ材を使用した樽で熟成させる、「オール北海道」のウイスキー造りにも取り組んでいます。

これらの取り組みにより、お世話になっている地元厚岸町への恩返し、そして、北海道にもスポットを当てることができるのではないかと考えています。

厚岸で誕生したウイスキーたち

厚岸蒸溜所で出荷されたウイスキーは、2018年2月の『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS 1』を皮切りに4シリーズ、2020年には新たに『厚岸ウイスキー サロルンカムイ』が加わります。

いずれも数量限定の少量生産であり、『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS』シリーズは既に、ほとんどが完売となっています。

▼『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS』シリーズ 左から順に1、2、3、4

『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS 1』 2018年2月発売

バーボン樽で5~14ヶ月熟成した、ノンピートモルト原酒をバッティングさせた、第1弾のシングルモルトウイスキー。樽出し原酒に近い味わいを体験してもらうために、アルコール度数は高めの60度が特徴です。

『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS 2』 2018年8月発売

バーボン樽で8~17ヶ月熟成させた、ピーテッドモルト原酒をバッティングしたシングルモルトウイスキー。アルコール度数は58度。泥炭(ピート)で麦芽を燻したフレイバー、いわゆる「ピーティー」さに加え、海霧と風によってもたらされた塩味、柑橘類などの風味も感じられます。

厚岸蒸留所 ウイスキー ニューボーン 第二弾 58度 200ml

『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS 3』 2019年3月発売

厚岸蒸溜所で初となる、希少な北海道産のミズナラ材のみを使用した樽で8~23ヶ月熟成した、ノンピーテッドタイプのモルト原酒をバッティング。アルコール度数は55度。黒糖やバニラ、フレッシュメロンのような甘い香りに加え、ナツメグのようなスパイシーさも感じられます。

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『厚岸NEW BORN FOUNDATIONS 4』 2019年8月発売

シェリー樽などで13~30か月熟成した、モルト&グレーンのブレンデッドウイスキー。アルコール度数は48度。配合の60%以上を占めるモルトについては、厚岸蒸溜所にて蒸溜・熟成した原酒のみを使用しています。

『厚岸ウイスキー サロルンカムイ』 2020年2月発売予定


©︎2019 AKKESHI DISTILLERY

厚岸蒸溜所の原酒から生まれた、初のシングルモルトウイスキー。操業初年度の2016年に、厚岸蒸溜所で初仕込・初蒸溜された原酒を、バーボン樽、シェリー樽、赤ワイン樽、ミズナラ樽で3年以上熟成。アルコール度数は55度。熟成期間を経て、原酒がウイスキーに成長したことを実感できる仕上がりです。

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牡蠣にウイスキーを垂らして食べる!?

厚岸蒸溜所で伺ったお話の中で、「生牡蠣にウイスキーを垂らして食べる」というものがありました。気になりますよね?

実はこれ、アイラ島独特の食文化なのです。アイラ島産の牡蠣にアイラモルトをかけて食べると、アイラモルトのスモーキーな香りと生牡蠣の風味が絶妙にマッチして、より深い味わいを楽しめるんです。

町内にある道の駅「コンキリエ」では、そのアイラ島にならって、厚岸のウイスキーと牡蠣をマリアージュしたメニューを提供しています。

筆者もさっそく、コンキリエに向かいました。対応していただいたのは、コンキリエの総務部長、田辺伸文(たなべのぶふみ)氏。

コンキリエ2階にあるオイスターバール「ピトレスク」では、厚岸の牡蠣をふんだんに使ったメニューが、沢山用意されているんです。

今回、筆者が注文したのは、生牡蠣6個に厚岸NEW BORN FOUNDATIONSの1〜4全てを揃えた、「厚岸NEW BORN飲み比べ 生牡蠣6点セット」4,000円(税込)。

甘みが濃いと評判の純厚岸産「カキえもん」や「弁天かき」、そして定番の「マルえもん」をそれぞれ2個ずつ、生牡蠣でいただきます。

もちろん、そこに入手困難な厚岸NEW BORN1〜4を各15mlずつ、全て楽しめるんですから、贅沢この上ない組み合わせです。

さっそく、テイスティンググラスからスプーンでウイスキーをすくい、生牡蠣にそれぞれのウイスキーを垂らして試食することに。

ひと口食べた瞬間、生牡蠣の複雑かつ濃厚なミルキーさに加え、塩味とウイスキーのスモーキーな香りが相まって、口の中が絶妙なハーモニーに!もちろん、生臭みも全く感じられません。さらに、生牡蠣を食べた後はアルコールのお陰もあって、磯の香りがフワッと爽やかに残ります。

▼ウイスキーを垂らした生牡蠣は、その香りと風味に絶句するほどの旨さ

生牡蠣の違いだけでも楽しめるのに、さらに4種のウイスキーをマッチングさせるんですから、楽しみは限りなく広がります。うまい!という言葉さえ陳腐に感じる、そんな味わいでした。

▼コンキリエの田辺部長 夕陽に染まりゆく厚岸湾をバックに

また、このオイスターバール「ピトレスク」は、厚岸湖から厚岸湾をぐるりと望む絶妙なロケーション。特に取材当日は、日没後に壮大な夕焼けを見ることができ、最高の体験となりました。

コンキリエは道の駅だけあって、ドライバーの方が多いスポットではありますが、このウイスキーと生牡蠣のマリアージュ、厚岸町内に1泊してでも食べる価値が、十分にあると思います。

厚岸NEW BORN1〜4は在庫がなくなり次第、提供を終了するそうです。飲み比べをしてみたい!という方は、どうぞお早めにコンキリエへ。

▼窓際のカウンターで生牡蠣とウイスキーを堪能しつつ、こんな絶景も楽しめる

牡蠣とウイスキーで盛り上がる厚岸

厚岸町で始まったウイスキー造りと牡蠣のマリアージュ、いかがだったでしょうか?

牡蠣を始め、新鮮な魚介類や乳製品など、古くからグルメの町として知られた厚岸。そこに、地元産ウイスキーという新たな要素が加わり、これまで以上に楽しみな展開となってきました。みなさんもぜひ、厚岸でその味わいを体験してみてください。

コンキリエ主催「厚岸蒸溜所見学ツアー」(要予約)


©︎2019 AKKESHI CONCHIGLIE

厚岸蒸溜所ではウイスキーの品質管理上、敷地や建物を広く公開していません。唯一の手段は、コンキリエが2018年から主催している「厚岸蒸溜所見学ツアー」のみ。約1時間半のツアー後半には、コンキリエ2階のオイスターバール「ピトレスク」で、厚岸NEW BORNの試飲もあります。そちらもどうぞお楽しみに。

開催期間:4月から11月の指定日(こちらから開催日程をご確認の上、お申込みください)
開催時間:12時30分開始
所要時間:約1時間30分 ※移動時間、ガイド説明時間込み
集合場所:厚岸味覚ターミナル・コンキリエ1階
参加人数:12名様まで ※定員になり次第、予約受付終了
参加資格:20歳以上
参加料金:3,500円
内  訳:ガイド料、厚岸NEW BORN試飲、オイスターバール利用券1,000円分、オリジナル木製キーホルダー

取材協力

堅展実業株式会社 厚岸蒸溜所

所在地:厚岸町宮園4丁目109-2
※蒸溜所での商品の販売は行っておりません。予めご了承ください。
公式サイト
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道の駅 厚岸グルメパーク「厚岸味覚ターミナル コンキリエ」

公式サイト
所在地:厚岸町住の江2丁目2番地
電話:0153-52-4139

オイスターバール「ピトレスク」

公式ページ
所在地:厚岸味覚ターミナル コンキリエ 2階

※コンキリエ、ピトレスクともに、営業時間は季節によって変わります。詳しくは上記リンク先をご参照ください。

北洋銀行 厚岸支店(アッケシシテン)

所在地:厚岸町真栄2丁目127番地
電話:0153-52-3181