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「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

石簾マサ
Written by 石簾マサ

日本の食卓において、すっかりお馴染みの食材となったアスパラガス。茹でても焼いても揚げてもおいしく食べられて、栄養価が高く、数ある野菜の中でも根強い人気を誇っているようです。

そんなアスパラガスが日本で作られるようになった歴史は、実はまだ100年にも及びません。はじまりは大正時代、ひとりの博士の情熱がきっかけでした。

大正時代に日本産アスパラガスが誕生

▼岩内町にあるアスパラガスの記念碑
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

北海道の西、岩内町はアスパラガス発祥の地と言われています。道道66号線沿いにある岩内厚生病院の東側、交差点の南西に「日本のアスパラガス発祥の地」と書かれた記念碑があります。

一体、どういう経緯があってアスパラガス栽培はこの地に根付いたのでしょうか。その謎を紐解こうとすると出てくるのは、下田喜久三というひとりの博士の名前です。

▼白衣を着て微笑む下田喜久三博士(写真提供:岩内町郷土館)
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

1895(明治28)年に岩内町で生まれた下田博士は、東京薬学校(現・東京薬科大学)卒業後、地元で農家の化学肥料指導を行っていました。ところが1913(大正2)年、指導していた多くの農家が冷害の被害を受けてしまいます。下田博士は考えます。「冷害にも耐え得る、強い作物とは何だろう?」と。

8年にもわたる研究と試作の結果、博士はついに、アスパラガスという答えに辿り着くのです。そこで1922(大正11)年、岩内の砂丘地40万町歩にアスパラガスを植え付けます。これが、日本のアスパラガス栽培のはじまりでした。

▼広大な地に植え付けられるアスパラガス(写真提供:岩内町郷土館)
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

1924(大正13)年には日本アスパラガス株式会社を設立し、ホワイトアスパラガスの缶詰を生産する工場もつくられました。

▼当時の活気ある缶詰工場の様子(写真提供:岩内町郷土館)
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

北海道のアスパラガスは国内外で高い評価を得るようになり、やがて岩内町から、より栽培に適した喜茂別町へと、大規模生産の地を移していったのです。

▼レトロなデザインがかわいい缶詰
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

現在でも残るアスパラガスにまつわるあれこれ

岩内町ではじまったアスパラガス栽培は、現在では北海道のみならず、日本全国に広まっています。とはいえ、やはり発祥の地は岩内町。冒頭で触れたように、記念碑でもそれを確認することができます。

▼広いスペースに堂々と立つ記念碑
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

最初にアスパラガスが植え付けられた地は、今や団地となっています。

▼アスパラガス栽培の名残はほとんどない
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

多くの人が働いていた工場も今はなく、工場跡地の前を通る道には「アスパラの坂」と名付けられています。

▼この坂が「アスパラの坂」
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

今回お借りした貴重な資料の数々は、岩内町郷土館にて実際に見ることができます。レトロなアスパラガスの缶詰が展示されているのも、この郷土館です。

▼気になった人は、岩内町郷土館へ
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

ちなみに、郷土館の入口でお出迎えしてくれる岩内町のゆるキャラ「たら丸」の手には、アスパラガスがしっかりと握られていました。

▼スケソウダラがモチーフの「たら丸」
「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

アスパラガス栽培は他の地に委ねた岩内町ですが、ここが発祥の地であることは、町の至るところで確認することができました。アスパラガスが食卓に上る時には、そんな岩内町のことを少しでも思い出してみてください。「アスパラガスが日本で作られるようになった背景には、実はひとりの博士がいてね」なんて、団らんの際の話題にしてみるのもいいかもしれません。

「日本のアスパラガス発祥の地」記念碑が岩内町にある理由とは?

岩内町郷土館 ぱとりあ岩内
所在地:北海道岩内郡岩内町字清住5-3
電話:0135-62-8020
開館期間:4月上旬~11月下旬
開館時間:9時~17時
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
公式サイト
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筆者について

石簾マサ

石簾マサ

すべてのしがらみを捨て札幌で永住するぞ……と移住してきた50代のおっさんライター。札幌楽し~い。移住者が見た札幌の楽しさ・良さを伝えていければ……と思っております。【編集部専属ライター】