ビール発祥地は札幌だった!開拓使直営ビール工場とサッポロビールの深い関係

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札幌といえばビール……というくらい、代名詞的存在になっています。道産子だって、「ビールといえばサッポロビール」という人も多く、ビアガーデンなんて大盛り上がりだし、ジンギスカンにもサッポロビールであります。そんな札幌発祥のビールの歴史は、開拓使と深いつながりがありました。

国内初の日本人によるビールは札幌より誕生!

札幌発祥のビールの歴史を、大まかな流れであらわすと……

1876年 9月開拓使麦酒醸造所完成(現在のサッポロファクトリー)
1877年 冷製札幌ビール発売
1886年 醸造場を大倉組商会に払い下げ
1887年 札幌麦酒会社設立
1906年 日本麦酒醸造・大阪麦酒と合併、大日本麦酒株式会社発足
1949年 日本麦酒と朝日麦酒(後のアサヒビール)に分割
1964年 日本麦酒をサッポロビール株式会社へ社名変更

ということで、開拓使直営のビール工場を札幌に作ったのが始まりでした。もとは札幌ではなく東京にという構想だったようですが、北海道は、気候が欧米と似ていてビール製造に適していることもあって、結局札幌での工場建設が進められました。

村橋久成という責任者と技術者中川清兵衛を中心に、日本初の日本人によるビールは誕生しました。その名は「冷製札幌ビール」で、この当時から北極星をモチーフにした赤い星マークがつけられていました。数年後には原料となるホップはすべて北海道産に。

しかし開拓使廃止になると、所管も変わり、農商務省→北海道庁→結局民間の大倉組商会に払下げられ→さらには渋沢栄一・浅野総一郎によって札幌麦酒会社が設立されるに至りました。

ビッグなサッポロビールへ!

これが転機となり、醸造量も増えていきます。そのころ、札幌麦酒、日本麦酒、大阪麦酒の3社が合併することになり、さらにその後日本麦酒鉱泉や桜麦酒も合併。この新会社のシェアは7割に達しました。

しかしそれもつかの間、戦後にアメリカによって会社は2分割される羽目に。しかも、サッポロビールの赤い星マークは使われることはありませんでした。それで、いつしか愛飲家たちからは、サッポロビール復活の声があがり、1956年にようやく北海道限定でサッポロビールが復活しました(翌年から全国発売)。

会社名もサッポロビールに変更になって全国に浸透し始めました。特に有名なのは1970年のCM「男は黙ってサッポロビール(三船敏郎)」でしょう。サッポロビールは北海道では根強い人気です。愛されています。

※2003年に現在のサッポロビールが誕生しました。1876年9月からの血筋を引く本家はサッポロホールディングスという会社になっています。本当に、長い複雑な歴史を歩んできました。

さて、この夏は、サッポロビールですね!札幌では年がら年中夏も冬もほぼ100%生ビールをいただけます。確かに夏にぴったりですが、冬もほかほかの家の中でビールというのもたまりません。スッキリしていてなまらうまいサッポロビールの生ビール「サッポロ黒ラベル」でもいかがですか。

法律改正で地ビールが最近になって誕生しましたが、その発祥の地ともいうべき国内初の地ビールのひとつも北海道です。詳しくは地ビールのページを御覧下さい。