蝦夷の三絶って何?江戸時代の北海道三大味覚の話

北海道にはうまい食べ物がいっぱいあるのですが、中でも古くから北海道のうまい絶品の食とされていた三品があります。それが「蝦夷の三絶(えぞのさんぜつ)」と呼ばれたもの。「三絶」とは、それに秀でて並ぶものがないということ。要するに「北海道三大味覚(三大絶品)」のことです。

今ではすっかり聞かれなくなり、その三品でさえ知られていないのが現状です。でも、そういうのがあったとわかっただけでも、一つ北海道の歴史を学んだことになります。では、その三品とは何かご紹介します。

「蝦夷の三絶」の三品とは

「蝦夷の三絶」。そう呼んでいたのは江戸時代のころ。当時は大変珍重されていたそうです。その三品とはいずれも海・水の中の食べ物で、内地(道外)から来た人に、北海道が誇る食べ物として紹介していたそうです。

出典は、1861年(文久元年)に北海道最初の病院「箱館医学所」を創設し、後にジャーナリストとなった栗本鋤雲(くりもとじょうん:1822年~1897年)が著した『匏庵遺稿(ほうあんいこう)』。その「箱館叢記」362ページ以降にその記述があります。

蝦夷の三絶とはこれら三つのこと

「蝦夷の三絶と稱として内地の人に誇る者、西地テシホ川の蜆、東地アッケシ湾の牡蠣、同トカチ川の鮒なるが、是は唯蝦地中他の場所に罕(まれ)にして、特り其所を限り富有なるが、爲にとて敢て左まてに珍とするに足らす」

ここにある通り、「蝦夷の三絶」として内地(道外)に誇るものとして、西から天塩川の蜆(しじみ)、東部の厚岸湾の牡蠣、十勝川の鮒を挙げています。いずれも他の場所にはないほど豊富な資源があるとして評価しています。

(※ただこの著者は、一般的に言われている「蝦夷の三絶」を紹介した後に、「絵鞆の帆立貝、エトロフの紅鱒、石狩の脊膓」を推薦しています。(1)室蘭絵鞆で獲れる噴火湾産の帆立貝、(2)北方領土の択捉島のニジマス、(3)石狩の鮭めふんです。)

一つ目は「天塩川の蜆(しじみ)」

天塩川周辺で水揚げされている天然しじみ

1つ目は道北から「天塩川(てしおがわ)の蜆」

先の文献では、ほかの2品について述べた後、「テシホ川に至りて業平橋御倉橋を思ひ出るは、殆んど在五中將(ざいごちゅうじょう=在原業平)か都鳥(みやこどり)を見て九重の天(きゅうちょうのてん)をなつかしく思ひしと、同日の論なるへきか」と記述しています。

現在も留萌管内天塩町の特産品であり、大きさも全国有数だとか(ヤマトシジミ)。天塩川だけでなく、サロベツ原野のパンケ沼(宗谷管内幌延町)でも天然シジミが漁獲されています。

天塩町は、全国に名の知れたしじみ王国です。しじみ祭りや、しじみが入ったシジミせんべいまであったのです。今でも大ぶりのしじみ貝は全国的に名が知られています。

二つ目は、謎すぎる「十勝川の鮒(ふな)」

十勝川の鮒は絶品だったらしい(イメージ)

二つ目は道東から「十勝川(とかち)の鮒」。「鮒」はフナですね。記録があまりないので、詳しいことはわかりませんが、十勝川で釣れるフナが絶品だったとのことです。

先の文献では、「蝦夷の三絶」を紹介した後、「トカチに至りて尺餘の鮒魚の鮞満ち肉肥へたるに逢ひ、季鷹秋鱸の感を起し」とあります。全長30センチメートル余りの鮒で、魚卵があり、肉厚な身は絶品だとしています。

三つめは「厚岸湾の牡蠣」

厚岸産の牡蠣は今でも大人気

三つ目は同じく道東から「厚岸(あっけし)湾の牡蠣」。あの、海のミルクですね。アイヌの時代から食されており、厚岸の歴史は牡蠣の歴史ともいうことができます。かつては牡蠣缶詰工場もあったほどです。

先の文献では、「十勝川の鮒」のあとに、「アッケシに渡れは脆美なる牡蠣を見て、品湾佃島を屑とせす」、「アッケシの牡蠣のみは殻の形大にして且つ顆一ッ一ッに離れて粘着せす、故に形正して渦斜ならす、本草に所(レ)謂草鞋蠣の類なるへし」と記録されています。現在でも、釧路管内厚岸町といえば牡蠣で有名です。

変わる「蝦夷の三絶」

以上が「蝦夷の三絶」の三品でした。この中で、現在も全国的に名が通っているのは「厚岸湾の牡蠣」、そして「天塩川の蜆」。「十勝川の鮒」に至っては、残念ですが、ほとんどの人がそんな名産品があったことすら知らない……でしょうか。現在では見かけません。

北海道はその後、日本海を中心にニシンブームがおき、北海道の海産物の代表としてニシンが名乗りをあげました。現在では、鮭、カニ、帆立、ウニ、昆布など新鮮でうまい海産物が勢ぞろいしています。「北海道三大味覚」を選定するのは至難の業です。皆さんなら、何を「北海道三大味覚」に選びますか。

(※本稿は2008年3月12日に掲載した記事を再編集したものです)