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新函館北斗駅建設で「カール・レイモン工場跡」はどうなるの?

編集部
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新函館北斗駅建設で「カール・レイモン工場跡」はどうなるの?

【北斗市】開業に向けて建設が進む北海道新幹線・新函館北斗駅。その一方で、失われたものもある。その一つが、ちょうど新駅前(渡島大野駅前)にあった文化財「カール・レイモンのハム・ソーセージ工場跡」だ。数年前まで原っぱが広がり家が点在していた駅前の風景は今、駅前再開発で大きくその様子を変えようとしており、工場跡を示す看板も撤去された。(上写真は建設開始前の跡地看板)

なぜ渡島大野に「カール・レイモンのハム・ソーセージ工場跡」が?

そもそもこの場所に、函館で有名なカール・レイモンの工場があったことすら知らない方がほとんどかもしれないので、この文化財について簡単に触れておこう。

当時37歳のカール・レイモンは、既に1930年以降、五稜郭に工場を構え売り上げも順調だったが、各地から仕入れていた肉に納得がいっていなかった。特に夏に肉の鮮度が落ちてしまうため、新鮮な肉を得るためには、飼育から加工まで一貫して行う、自前の屠殺施設と工場を持つ必要性を感じていたという。

そこで、函館までのアクセスが良く、広い牧場と工場用地を確保できる場所を探したところ、現在の渡島大野駅付近に3000坪の広大な敷地を入手するに至った。これが今回紹介している大野工場、つまり、ハム・ソーセージ工場だった。

全国初の一貫工場、カール・レイモン工場ではライオンも飼育?

工場は1932年に着工、翌年竣工、大野工場と命名した。牛30頭、豚300頭、羊30頭を購入し、大型畜舎を建設。さらに、解体工場や製品加工場、事務所や社員住宅も新設。周辺農家の支援も得ながら、こうして全国で初めて、飼育から製品生産までの一貫工場が完成したのだった。レイモンが兼ねてから提唱していた「北海道開発プラン」のミニチュア版としても当時は画期的だった。

さらには驚くべきことに、ライオン2頭、ヒグマ2頭、イヌ14匹、ネコ7匹、タカ1羽、サルなど動物たちを飼育するミニ動物園まで敷地内に作ってしまった。そのようなわけで、函館周辺の子供たちが遠足でやってくるなど、当時は一大名所の一つとなっていたようだ(ライオンはその後カール・レイモンから函館市に寄贈され話題となったが、北斗市が道内で初めてライオンを飼育した地であることが判明している)。

わずか5年で強制買収され、工場は閉鎖

繁栄した大野工場は1938年、レイモンの意に反して強制買収され、北海道庁の支援を受けた酪連による経営に移行した。しかし彼が技術支援を行えなかったため、製造ラインは事実上停止、直後に工場閉鎖に追い込まれている。

一大生産拠点として知られたハム・ソーセージ工場と農場群は、こうしてあっけないほどに姿を消してしまったのだった。その期間、わずか5年ほどだった。ちなみに、動物の霊をまつった獣魂碑も敷地内にあったが、これだけは地元住民の手により、市渡馬頭観音の境内に移設されている。

駅前広場に埋もれてしまった工場跡、今後はどうなる?

新函館北斗駅建設で「カール・レイモン工場跡」はどうなるの?

工場跡地はJR函館線・渡島大野駅、つまり北海道新幹線新函館北斗駅の目の前にあった。現在、北海道新幹線新駅前再開発に伴い、跡地は整備区画入っており、看板も取り外されている。看板があった場所には新幹線、跡地は駅前広場を中心に駅前市街地に飲み込まれてしまうこととなる。

新函館北斗駅建設で「カール・レイモン工場跡」はどうなるの?

では何かを残す動きはないのだろうか。大野文化財保護研究会によれば、今後新駅前に公園ができるが、内容は未定ながらそこに看板を再び設置する予定だという。それがあったことを示すものが全くなくなるわけではないが、その跡地は大きく景観が変わってしまうことになりそう。それでも、かつてカール・レイモンの一大生産拠点があったこと、ミニ動物園があり賑わっていたこと含め、後世まで語り継いでいきたい文化財である。

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