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第1回PMFの修了生が振り返る、創設者バーンスタインに会ったあの日

札幌の夏の風物詩と言えば、そう、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)です。今年はPMFの創設者であるレナード・バーンスタインの生誕100年にあたるメモリアルイヤーとあって、例年以上の盛り上がりを見せています。

そこで今回は、バーンスタインを知る修了生のおふたりにお話を伺いました。札幌交響楽団で活躍されている、チェロ奏者の荒木均さんと、ホルン奏者の島方晴康さんです。

バーンスタインを聞く~人編~

▼荒木均さん(左)と島方晴康さん
第1回PMFの修了生が振り返る、創設者バーンスタインに会ったあの日

--おふたりは、記念すべき第1回目のPMFアカデミー生でいらっしゃったんですよね。どのようなきっかけで参加されることになったのですか?

島方「アカデミー生の年齢制限は29歳で、僕は30歳だったんですが、事務局から電話を受けて『そんなこと言ってる場合じゃないんです』と。第1回目だし、急きょ札幌に決まったこともあって、アカデミー生の募集も難しかったんだと思います。結局、オーディションを受けて参加することになりました」

荒木「僕は札幌出身ですが、当時はPMFといってもまったく知られていませんでしたね。そんな誰も知らない催しにバーンスタインが来るなんて、最初は半信半疑でした。なので実際に現れた時は『本当に出た!』という感じでした」

島方「雲の上の人、レコードの世界の人ですもんね」

▼バーンスタイン指揮によるリハーサルの様子
第1回PMFの修了生が振り返る、創設者バーンスタインに会ったあの日 第1回PMFの修了生が振り返る、創設者バーンスタインに会ったあの日

--実際にバーンスタイン氏にお会いした印象は、いかがでしたか?

島方「PMFに参加する前、僕はヨーロッパにいたんですが、ウィーン・フィルで彼が演奏したのを聴いたことがあって今でもそのすごさを覚えています。唸るんですよ、オーケストラが。大地が鳴動するような音で」

荒木「実際に会うと意外と小柄なんですが、オーラはすごかったですね」

島方「その時、71歳でしたっけ。かわいらしいシャツを着て、キュートでした」

--印象的な場面について、教えていただけますか?

荒木「佐渡裕さんが練習しているところに入ってきて、日本語で『ストップくださーい』って言ったんですよ。それが僕らの間では流行語になってました(笑)。で、佐渡さんの棒を取ってバーンスタインが振ったところ、オーケストラがグワーッと持ち上がるようなすごい鳴り方をしたんです。ものすごいインパクトで、すごく印象に残っています」

島方「病状も良くないと聞いてましたが、僕らの前ではすっごく元気でね。練習場は禁煙なんですけど、僕らの後ろをずーっとタバコを吸いながら歩いていたのも印象的です」

荒木「病状と言えば、僕はゲネプロの後で写真を撮らせてほしいと、楽屋に行ったことがあるんです。すると点滴を受けていて、マネージャーは『ダメだ、ダメだ』と言うんですけど、バーンスタインが『いいから』と招き入れてくれました。バーンスタインはホテルのボーイさんとか掃除の人とかも大切にするって聞いてたけど、あれは本当なんだなと思いましたね」

▼その時の貴重な1枚
第1回PMFの修了生が振り返る、創設者バーンスタインに会ったあの日

--ちなみにPMF2018では、7月23日(月)に札幌コンサートホールKitaraにてホストシティ・オーケストラ(札幌交響楽団)演奏会も行われますね。

荒木「ハイドン、モーツァルト、コープランドの、3つの協奏曲とベートーヴェンの交響曲を演奏します。コンチェルトが3つ続く演奏会って珍しいんですよね。初めてのソリストと初めての指揮者に、札響がどう応えていくのか、楽しみにしていただきたいです」

島方「素晴らしいゲストがいらっしゃるので、交流を深めたいですね。こういう音楽祭が札幌にあるのは素晴らしいことですし、それをもっと発展させることができたら、PMFも札響もお互いが生き生きできる時間、空間になると思います」

荒木「そうですね。PMFと札響は重要なパートナーなので、共に音楽の発展に貢献できればと思います。そして札響のお客さまにはPMFも楽しんでいただきたいですし、PMFのお客さまにはぜひ札響にも来ていただきたいですね」

--本日はありがとうございました!

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筆者について

石簾マサ

石簾マサ

すべてのしがらみを捨て札幌で永住するぞ……と移住してきた50代のおっさんライター。札幌楽し~い。移住者が見た札幌の楽しさ・良さを伝えていければ……と思っております。【編集部専属ライター】