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支庁制度(総合振興局・振興局)の歴史

 道外でも明治時代に支庁が置かれた事例が見られましたが、県の合併や郡制廃止、離島の島庁により支庁を置いたものでした。一方、北海道の場合は、1897年10月に、全国に先駆けて郡役所の代替として設置されたもので、当初19支庁ありました。

 ちなみに1897年以前にも、1872年9月14日から1882年2月8日まで開拓使ではありますが、札幌本庁の支庁として5つ(函館支庁・浦河支庁・根室支庁・宗谷支庁・樺太支庁)が置かれていました。その後は4年間の3県時代ですので、現在の流れを汲む支庁制度は前述の1897年からといえます。

 19支庁がどのように14支庁になったか、また、支庁の歴史については以下の図や表をご覧ください。

支庁制度(総合振興局・振興局)の歴史

1897/11/5[19支庁] 郡役所→支庁制度導入(函館・松前・亀田・檜山・寿都・岩内・小樽・室蘭・浦河・札幌・空知・上川・増毛・宗谷・網走・河西・釧路・根室・紗那)
1899/10/1[18支庁] 函館を廃止し亀田を函館に改称、倶知安村を室蘭から岩内へ移管、上川郡を増毛から上川へ移管、空知郡富良野を空知から上川へ移管(函館・松前・檜山・寿都・岩内・小樽・室蘭・浦河・札幌・空知・上川・増毛・宗谷・網走・河西・釧路・根室・紗那)
1901/4/1[18支庁] 中川郡を増毛から上川へ移管
1903/12/1[16支庁] 松前を函館へ編入、紗那を根室へ編入
1906/4/1[16支庁] 占冠村を室蘭から上川へ移管
1910/3/1[14支庁] 小樽・岩内・寿都3支庁、及び室蘭の東倶知安村・真狩村・狩太村を統合し後志にする(庁舎を倶知安にする)
1914/9/1[14支庁] 増毛を留萌へ改称(庁舎を留萌にする)
1922/8/1[14支庁] 市に相当する区(札幌・函館・小樽・旭川・室蘭・釧路)は市制施行、これに伴い支庁再編、札幌を石狩へ改称、函館を渡島へ改称、室蘭を胆振へ改称、浦河を日高へ改称、釧路を釧路国へ改称
1932/8/15[14支庁] 河西を十勝へ改称(庁舎を帯広にする)
1948/10/20[14支庁] 北海道支庁設置条例を施行、足寄郡を釧路から十勝へ移管、豊富村を留萌から宗谷へ移管
1957/4/1[14支庁] 釧路国を釧路へ改称
1996/8/道政改革民間フォーラムが支庁再編を提案
1999/1/支庁制度検討委員会発足
2001/3/支庁再編試案公開
2002/11/道が支庁再編を決定
2005/10/1[14支庁] 渡島管内八雲町と檜山管内熊石町の合併により支庁境界変更、旧熊石町域を渡島支庁へ編入、檜山は初の飛び地となる
2007/11/総合振興局と振興局への再編を提示
2008/6/28道議会で未明、支庁再編に関する道総合振興局設置条例案を強制可決
2010/4/1[0支庁(9総合振興局・5振興局)] 支庁再編、支庁を9総合振興局・5振興局に置き換える、幌延町を宗谷へ、幌加内町を上川へ移管

支庁制度導入時の支庁所在地
檜山支庁:江差中歌町(現在の江差町)
松前支庁:福山河原町(現在の松前町)
亀田支庁:七飯村(現在の七飯町)
函館支庁:函館区(現在の函館市)
室蘭支庁:札幌通(現在の室蘭市)
浦河支庁:浦河村(現在の浦河町)
寿都支庁:寿都渡島町(現在の寿都町)
岩内支庁:御鉾内町(現在の岩内町)
小樽支庁:量徳町(現在の小樽市)
札幌支庁:札幌区(現在の札幌市)
空知支庁:岩見沢村(現在の岩見沢市)
上川支庁:旭川村(現在の旭川市)
増毛支庁:永寿町(現在の増毛町)
宗谷支庁:稚内村(現在の稚内市)
網走支庁:北見町(現在の網走市)
河西支庁:下帯広村(現在の帯広市)
釧路支庁:真砂町(現在の釧路市)
根室支庁:常盤町(現在の根室市)
紗那支庁:紗那村(現在北方領土択捉島)

2010年3月末までの支庁所在地
石狩支庁:札幌市
渡島支庁:函館市
檜山支庁:江差町
胆振支庁:室蘭市
日高支庁:浦河町
後志支庁:倶知安町
空知支庁:岩見沢市
上川支庁:旭川市
留萌支庁:留萌市
宗谷支庁:稚内市
網走支庁:網走市
十勝支庁:帯広市
釧路支庁:釧路市
根室支庁:根室市
※2010年4月1日、支庁は、総合振興局・振興局へ改組されます。


 ちなみに、北海道支庁設置条例によると、支庁所管自治体には市は含まないことになっていて、町村(条例では郡)のみ所管しています(実際は市も含んでかかれることも多い)。2005年10月には石狩管内では石狩市の合併によって、所管町村が2町村だけになってしまい、一時、石狩支庁廃止も検討されました。

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