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人名・故事・歴史・家紋・囚人にちなむ地名

 道内の地名については、道内地名の8割を占めるアイヌ語由来の地名を 取り上げてきましたが、今回は意外や意外、そんな由来があったのかとい う和名地名を紹介してみます。道内では珍しい人名・故事由来などです。

道外都府県地名が由来になった例

 北広島市、新十津川町

道外都府県地名があるなぞについてはこちら。

人名が由来になった例

 道内では人名が地名の由来になった例もあります。ほとんどが開拓功労 者にちなんでいます。どこを思い浮かべますか?道内自治体では、伊達市、 今金町、京極町、仁木町、月形町があります。

 渡島半島にある自治体「今金町」。これは開拓功労者である今村藤次郎 と金森石郎の頭文字をとったという例です。実は当初はアイヌ語にちなむ 利別村でしたが、町制施行の際に明治26年ごろに入地・開拓した両名の名 をとって改称したといういきさつがあります。

 「伊達市」も同じく明治時代に入地・開拓した伊達邦成の苗字に由来し ます。彼は仙台藩一門・亘理伊達家の第15代目に当たります。ちなみに、 渡島半島南部にある「松前町」は、松前藩があったことから人名由来かと 思われがちですが、アイヌ語「マツオマイ」に由来するものです。しかし 一方で、松前氏がお世話になった前田氏と松平氏の頭文字をとったという 説もあるようです。

 後志にある「京極町」は、この地に入地して畑作を行い開拓した京極高 徳に由来します。彼の苗字をとってそのまま町名にしています。「仁木町」 も徳島から仁木竹吉がやってきて入地・開拓したことに由来します。

 空知では「旧北村」(現在は岩見沢市)が開拓功労者北村雄治に由来しま す。苗字の最後の漢字が村であったため、そのまま自治体名に用いられて きました。「月形町」は、明治14年に設立された樺戸集治監の初代典獄 (=所長)としてやってきた月形潔の苗字に由来するものです。

 十勝の「池田町」はもともと凋寒村(しぼさむむら)でしたが、鳥取から池田 慶徳侯がやってきて現在の池田駅のあたりを含むエリアに池田農場を開設、 町制施行の際に池田町としたのが町名の由来です。厳密には人名由来の名 ではないですが、池田氏の入地がきっかけとなり命名されています。

 そのほか、自治体名ではありませんが、屯田兵村だった旭川市永山は、 永山武四郎の苗字を取って名づけたといいます。

囚人が名づけた地名

 囚人というからには刑務所があった街でしょう。「三笠市」は1906年、空知 集治監があった市来知村(いちきしりむら)と炭鉱の町幌内村、幾春別村が 合併して三笠山村となりました。この三笠山という名前は囚人が名づけた といいます。

 市来知村の空知集治監裏手にある山を、奈良県出身のある囚人が故郷奈 良の三笠山に似ているとして、その山の名前にちなんで「三笠山」と呼ん だのがはじまりでした。それが定着し、いつしか自治体名にまでなりました。

家紋が地名になった?

 岩見沢市栗沢町万字は家紋に由来するといわれています。誰の家紋でし ょうか。この地の単行の開発を進めた朝吹家の家紋「卍」(万字)です。 1903年に北海道炭礦汽船株式会社(北炭)が炭鉱所有者の朝吹英二から炭鉱 を譲り受け、1905年に炭鉱の名称を「万字炭鉱」と名づけたのが地名にな りました。北炭は線路を敷設したため、万字線という鉄道路線名にも名称 が使われました。全国的にも大変珍しい由来です。

古歌が由来になった地名

 全国的にも大変珍しい由来の地名をもう一つご紹介。道南の「八雲町」 の由来は古歌です。名付け親は旧尾張藩主徳川慶勝で、入地した際、古事 記(こじき)の上巻(かみつまき)・須佐之男命(スサノオノミコト)(日本書紀 :素戔嗚尊)の「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を」 という和歌が由来です。

 故事にちなんだものとしては「千歳市」があります。当初アイヌ語由来 の「シコツ」でしたが、死骨と連想できて縁起が悪いとのことから、鶴が 生息していたことにヒントを得て、1805年に故事の「鶴は千年、亀は万年」 から「千とせ」→「千歳」と名づけられました。

 支庁名では、「胆振」は、日本書紀で斉明天皇の時代、阿倍臣(おみ)が やって来た際「胆振さへ」などの蝦夷(えみし)を招待したのが由来とされ ています。これは勇払地区を言っているとされています。「日高」は霧が はやく薄れ、太陽を見ることができることから「東夷のうちに日高見国あ り」とした日本書紀の故事から命名しています。

その他の和名による地名

 「岩見沢市」は、明治11年の幌内へ至る道路敷設工事の際に、この地に 幾春別川岸に休憩所と温浴施設を設け「浴(ゆあみ)」したのが始まりとさ れています。「浴澤(ゆあみざわ)」となり、転じて現在にいたります。

 「函館市」は、旧称「箱館」というのは良く知られていますが、道南に 置かれた12の館(たて=いわゆる城郭)のうちの1つ「箱館」があったこと に由来します。それ以前は「ウスケシ」と呼ばれていました。ではその 「箱」はどっから出てきたのでしょうか。それはその城郭の形状が箱に見 えたことから「箱形の館」つまり「箱館」と呼ばれるようになったとする のが一般的です。

 小樽市「銭函」は、明治時代まで日本海側で盛んだったニシン漁に由来 しています。ニシン御殿に象徴されるように、当時のニシン漁をする漁師 はお金ががっぽがっぽで、しだいにお金の管理に困るようになりました。 ある漁師は大きな木箱を作って神棚の下に置いたのですが、これが広まり、 地名にもなりました。面白い由来です。

 支庁名では、「渡島」は、斉明天皇の時代(西暦600年代後半)から渡島 と書いて「わたりしま」と蝦夷地入口のことを呼んでいたことに由来しま す。しかし青森地方では「おしま」と呼んでいたことから、漢字はそのま まに読み方だけを改称しました。和名地名としては非常に古い地名の一つ といえるでしょう。

 「北見」は、国名にする際に、晴れた日に樺太が見えることに由来し、 松浦武四郎の意見が反映され命名されました。当時は宗谷も北見国でした のでこういう由来がありますが、現在は北見はオホーツクという印象が強 くなりました。

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