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野付半島はなぜ先端部だけ別海町なのか?

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野付半島はなぜ先端部だけ別海町なのか?

 地図をお持ちの方、道東、野付半島のところを見てみてください。野付半島はどこの自治体に属するでしょうか。答えは2つの自治体です。付け根付近は標津町、先端部分を含め大部分は別海町です。なんでこんなややこしいことになっているのでしょうか。野付半島飛び地の謎に迫ります。(写真は野付半島の別海町・標津町境界線付近)

 野付半島は日本最大の砂嘴で、延長距離は約28kmもあります。陸部分の付け根は標津町にあり、途中から別海町になります。別海町にとっては野付半島先端部を飛び地として持っていることになります。では、なぜ飛び地になったのか……。

 時代は、別海、標津双方が村であった時代にさかのぼります。かつて野付半島は町村境界線が明確でなかった時代がありました。それゆえに、過去には紛争が起きていました。

 まず昭和25年に一町村一海区を設定する両村海区の境界を決定するに当たり紛争が起こりました。その当時は、漁場図をもとに、東経155度15分を境界線にすることで解決したわけですが、3年後に再び紛争が再発しました。今度は半島部の開拓財産貸付、国有林野処分を巡っての紛争でした。

 この時は別海と標津が調査を行いました。その結果、大正12年にさかのぼって、郡調書の記録を採用することになりました。それによると、野付半島はすべて東経145度15分が境界線とされていたことが分かりました。

 こうした調査結果を踏まえて、未開地地図と漁業図等をすべて、東経145度15分を境界線とする協定が両村で結ばれることになりました。昭和28年のことでした。

 それ以来、野付半島は東経145度15分を境界線、ということで現在に至っているというわけです。わざわざ飛び地にしたのではなく、経度を基に境界線を決めたのでこうなったようです。野付半島をめぐる歴史のお話でした。

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