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ふるさと銀河線の歴史2~現代へ

編集部
Written by 編集部

廃止対象路線に、そしてふるさと銀河線開業!

旧網走本線である池北線は路線名称変更後も、輸送量が年々減少。国鉄再建法施行 に基づき、「長大4線」といわれる道内100km以上の4つの廃止対象路線の 一つとなりました。一時保留されましたが、1985年に廃止が承認されるこ とになりました。ふるさと銀河線の歴史2~現代へふるさと銀河線の歴史2~現代へ 池北線廃止を目前として、沿線自治体や沿線住民は鉄道存続を訴えまし た。1986年以降様々な会議を開催し、沿線自治体が一体となり、1989年に 第三セクター(官民出資)による北海道ちほく高原鉄道設立。同年6月4日に 池北線をふるさと銀河線へ転換し開業することになりました。

・ここまでの年表
1980年12月27日日本国有鉄道経営再建促進特別措置法公布(国鉄再建法)
1982年11月22日第2次特定地方交通線として選定
1984年5月18日存続させるために北海道知事が意見書提出
1984年6月22日第2次特定地方交通線として廃止承認保留
1985年8月2日廃止承認
1986年7月15日第1回池北線特定地方交通線対策協議会(以降数回開催)
1987年4月1日国鉄から北海道旅客鉄道(JR北海道)へ引き継ぐ
1988年4月20日池北線対策会議
1988年11月14日第三セクターによる運営と決定
1989年1月20日路線名公募(2130通)からふるさと銀河線と決定
1989年3月9日第三セクター北海道ちほく高原鉄道設立
1989年3月30日運輸大臣から事業者認定書・第一種鉄道事業免許状授与
1989年6月4日JR池北線からふるさと銀河線へ転換

ふるさと銀河線廃止……

2005年3月27日沿線協議会 ・廃止賛成:北見市・置戸町・訓子府町・池田町 ・廃止反対:陸別町・足寄町・本別町 2005年3月27日取締役会 ・廃止賛成:陸別町長以外 ・廃止反対:陸別町長
ふるさと銀河線として開業したものの、利用者減少傾向に歯止めはかからず、年々減少傾向が続きました。1990年に102万7千人あった利用者数も1995年までに81万6千人とまで落ち込みました。年間数億円規模の赤字に膨らんでいました。一時は、カーブが多く高速化が不可能な石北本線の代わりに、ふるさと銀河線経由の特急運行プランも飛び出したりもしましたが。。。ついに2005年3月の取締役会で存廃問題に決着がつき、2006年度春の廃止を決定しました。また、廃止後のバス転換についても、北海道北見バスと十勝バスによる運行ということで、同年11月に決定しています(関連記事)。2006年4月20日、最後の運行。全国から報道陣が駆けつけたこの日は、あいにくにも雨天で、銀河線の車両をつたう雨が涙のようにも見えた日でした。最終列車は置戸発、23:02分北見駅着の列車でしたが、10分遅れたので、各メディアの報道では、ふるさと銀河線のトリをつとめた最後の営業運行列車到着時刻は23:13分となっています。これをもって、ふるさと銀河線、いや、旧国鉄網走線から続く96年の歴史に終止符を打ちました。最終便のすぐあと21日零時よりすぐにレールや踏み切りの遮断機などの撤去作業にあたりました。
・ここまでの年表2005年11月27日
2005年3月27日取締役会で2006年度の廃止を決定
2005年4月17日臨時株主総会で廃止決定
2005年4月21日1年後の廃止を届出
廃止後の代替バス転換についてダイヤ決定
2006年3月29日廃止後の代替バスについて道運輸局が承認
2006年4月21日ふるさと銀河線廃止
2006年6月24日北海道ちほく高原鉄道株式会社株主総会、即日会社解散
網走線・網走本線・池北線から、ふるさと銀河線にかけてのダイヤや運行状況などの詳しい歴史をご覧になりたい方は、こちらからご覧ください。
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