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ふるさと銀河線廃止前後の動き

編集部
Written by 編集部

 ふるさと銀河線廃止決定を受けて、鉄道ファンや存続を訴える方々などが相次いでおもしろい企画を実施しています。また、廃止直前にはふるさと銀河線や沿線自治体によるイベントも用意されましたし、ふるさと銀河線一部路線保存の動きもありました。ここでは、そうした企画・イベント・セレモニーをはじめ、廃止前のふるさと銀河線がらみの動きをまとめました。

ふるさと銀河線廃止前後の動き

特別列車企画

2006年3月18日~ 毎週土日は快速銀河は2両編成
2006年3月25日 特別親子列車
2006年3月29日 JRが銀河線を走る最後の列車が、JRのお座敷列車3両編成で走った
2006年4月16日~ 沿線住民用無料列車運行
2006年4月20日 運行最終日。セレモニー列車「臨時:さようならふるさと銀河線号」が3両編成で池田駅発着で一往復する。それに際して各市町村の駅でセレモニーを開く。また、銀河線史上初で最後の4両編成も登場する予定で、銀河鉄道999の2両と通常の2両を連結させた列車となり、池田8:41~陸別10:08間を走る。トリをつとめる最終列車は、北見駅23:02到着の列車となる。最終日のブログ記事はこちら

廃止後の撤去の動き

2006年4月20日全列車営業終了後:21日零時より踏み切りの警報機・遮断機の撤去作業開始、21日中に北見駅構内のレールや遮断機などを撤去した。
2006年5月8日以後:137ヶ所の踏み切りのレールを撤去、道路化する
2007年10月1日:鉄道用地・線路は沿線自治体へ譲渡
2007年11月:5日~末日までに網走管内訓子府町内全線路を撤去、置戸町では11月中旬から撤去、いずれも売却され建材などに使用、北見市は3月10日にレール等競争入札、陸別町と置戸町の保存区間を除いた全区間のレールや枕木を売却した結果、6市町合計で5億5800万円の売却額となった。枕木については、北見市では約4000本の販売予定だったが9倍の応募が殺到、池田町では約6500本、本別町では約9500本を販売したが、池田町はプラス12000本を販売。
2008年3月18日:北見市本社建物から会社名・ロゴマーク等を撤去(1階入口金属製33cm×75cm、2階上部マーク)
2008年5月:北見市、池田町、本別町が枕木から高濃度有害物質検出し、住民への販売を中止。
2008年7月17日:池田町は枕木を町内業者に向けて販売開始、本別町は在庫処分、北見市750本在庫有。
2008年10月:北見市の石北本線との分岐付近(本町地区3600m2)のJR北海道所有跡地で、15日までに造成を完了し10月末から10区画の宅地分譲を開始。

一部保存の動き

陸別町内で、動態保存をすることが決定。詳細はりくべつ鉄道(道の駅)を参照。当初、保存区間は陸別駅~分線駅~川上駅の間の約9.8kmの予定だった。2006年1月発足、陸別町商工会会員が出資する「有限会社銀河の森」が運営する。車両は6両を取得し、ラッピングの999イエロー号と999ホワイト号の2両を含む。周辺を公園に整備した後、2007年春にオープンされる予定だったが、秋になってみると今年度は無理、構想を練り直すと発表、早くても2008年に実現する見通しとなった。運行期間は4月~10月の土日祝日及び夏休みという限られた期間のみで、入園料もとる予定だった。当初の計画では北の終着駅となる川上駅は歴史記念館となるはずだった。6両は運行終了となる2006年4月20日夜に、最終列車に連結されて陸別駅までやってきた。動態保存区間の補修工事に際し、陸別町内(川上~小利別を含め)の踏み切り・遮断機なども陸別町へ譲渡契約がなされており、活用される。陸別町動態保存使用車両6両は、CR75の1、2、3、101、CR70の7、8で、ほかに6両の作業車両を含め合計12両を約127万円で北海道ちほく高原鉄道から購入。2007年6月になってみると、陸別町の財政的問題から当初の計画は無理、保存区間は「旧陸別駅構内350m区間内に限る」ことになった。2007年秋には町議会で予算案を可決し現実味を帯びるようになり、「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」計画を2007年10月から実施、10月26日・27日に無料体験乗車会実施、2008年4月26日開業となった。旧陸別駅構内約500m内で車両展示や走行を行うとした。前述の旧ふるさと銀河線使用の12両のほか、体験トロッコ5両が配備された。また、旧陸別駅の1番線と2番線の間に約55mの上屋を設け、跨線橋と機関庫が修繕された。保守は陸別町商工会担当、修理を陸別町が担当。運転体験(時速15km)は平日は講習を受けた後2~3時間の予定であった。土日祝日はスタッフがついて15~20分間体験可能。運転体験費用は2000円。乗車だけの体験は大人300円、小人200円。
置戸町内では、鉄道記念公園整備構想により、メモリアルパーク「鉄道記念公園」として、中心部の学友橋から東に約1km区間の線路が撤去されず保存される計画である。長さ1.3mのトロッコ3台を無償譲渡され活用される。
本別町では、沿線で最も多くの池北線時代から銀河線時代までの歴史的資料を無償譲渡を受けた。かちまいによると、収集・保存をしているのは本別町歴史民俗資料館友の会で、町教育委員会が働きかけた。池北線時代からのトロッコ、レール、工具類、看板標識、ランプなど貴重な資料は57種類91点にのぼるとされている。旧本別駅舎及び木造跨線橋など周辺をあわせて銀河線資料展示場として活用する案も出ている。
足寄町: 足寄町では、道の駅ともなっていた足寄駅北側に旧木造駅舎を復元し、バス待合所、足型工房、旧線路を設置して、営業当時の様子を再現。2010年秋開業。
その他: 訓子府町では、町内のレールは全線撤去し、資材はくんねっぷ歴史館で展示。旧訓子府駅近くの踏み切りで使われていたレール3m分を枕木4本とともに保存展示、駅名表示板、保線用具も展示中。

車両の行方

陸別町動態保存 廃止時陸別駅に集結、CR75-1、CR75-2、CR75-3、CR75-101、CR70-7、CR70-8(ラッピング含む) (詳細記事)
保存鉄道建設会(埼玉県) 2006年8月に30万円で購入、旧国鉄美幸線(宗谷管内枝幸町)の運転体験施設計画で使用する予定だった。2007年10月1日に鉄道用地は沿線自治体へ譲渡されるため、北見市の車庫からの移動要請があったが、700万円という移動費用捻出が無理とのことで2007年9月25日から車両解体の危機にあうも、間一髪24日までに北見市の社会福祉法人理事長が30万円で買取保護した。この会社の駐車場に展示されている。CR70-6 (詳細記事)
ミャンマーへ ミャンマー政府が1台30万円で購入、廃止時北見駅に集結、CR70-1、CR70-2、CR70-3、2006年11月26日夜北見駅発→翌日(27日)早朝JR貨物陣屋町臨海駅到着・2007年1月室蘭港、2007年9月11日室蘭港→川崎港→横浜港、2007年9月25日横浜港→ミャンマー(所要約1ヶ月) (詳細記事)

廃止前後の沿線の動き

バス転換:十勝バスと北海道北見バスがそれぞれ受け持つ。十勝バスは帯広~池田~陸別までを担当、北見バスは陸別~置戸~北見区間を担当する。これまで路線バスが存在しなかった陸別~置戸間にバスが誕生することになる。陸別町内に新設されるバス停は小利別、伏古丹薫別など7箇所の停留所。詳細ニュース記事はこちら
境野駅内の喫茶店「まくらぎ」:廃止に伴って2006年3月5日閉店となった。
置戸駅:ぽっぽ駅事務所が空く代わりに、置戸町歯科診療所が移転。
とかち岡女堂営業停止:2006年4月10日、とかち岡女堂が営業を停止した。しかし阿寒グランドホテルが本別町に十勝豆工房を設立し、営業を継続することを決定した。この新会社は岡女堂駅舎もともに購入した。今後岡女堂本家という名称になる予定。

「心に刻もう!ふるさと銀河線の会」

2005年6月4日~5日(開業記念日) 秘境駅「川上駅」でイベント開催
2005年7月16日~17日 「小利別駅」で語らい、来駅記念などイベント開催、臨時列車による星空観望ツアー(置戸~陸別間:臨時快速銀河)も実施
2005年8月13日 臨時列車による星空観望ツアー(置戸~陸別間:臨時快速銀河1号・2号)を実施
2006年1月28日 しばれ銀河号で行く極寒のふるさと銀河線ツアー(陸別~上利別間)を実施
2006年2月25日 1月28日のアンコール運行
2006年3月18日~19日 ネイパルあしょろ「心に刻もうふるさと銀河線」開催

その他

2005年10月23日 史上初・ふるさと銀河線で行う大規模結婚式開催。3両編成寿銀河号が訓子府駅(駅長立会いのもと結婚式)、陸別駅(披露宴)、帰りの陸別~北見間で二次会開催(ニュースで大々的に報じられました)
2006年2月25日 なまら北海道だべさ友の会ふるさと銀河線貸切オフ会(池田~北見)開催 ( f.n-hokkaido.com/ )
2006年3月26日 北見芸術文化ホールにて、北見市北斗高校演劇部のふるさと銀河線廃止にちなむ創作劇「ふるさと銀河線の夜」上演
2006年4月1日~ JR北海道釧路支社が「さよならふるさと銀河線」の廃止記念オレンジカードを発売
2006年4月8日~21日 北海道キヨスク旭川が企画、はこだてワインが製造した「さよならふるさと銀河線」のワインを発売
2006年4月11日~ 十勝毎日新聞社にて「万感・思い出の鉄路」と題して特集
2006年4月18日~19日 北海道新聞で特集記事を連載

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