学ぶ

クラーク博士のBoys Be Ambitious!

編集部
Written by 編集部

 「ボーイズビーアンビシャス!(Boys,Be Ambitious!)」

 北海道民ならだれでも知っている有名なセリフ。そしてそれと同時に思 い浮かぶ、札幌市羊が丘展望台にある右腕を水平に伸ばしたブロンズ像。 北海道民のほこりであり、北海道開拓・フロティアスピリッツのシンボル 的存在でもあります。

 さて、どのようにして誕生した言葉なのでしょうか。まずは生みの親で あるクラーク博士にスポットを当ててみましょう。

クラーク博士のBoys Be Ambitious!

クラーク博士ってだれ?

 ウィリアム・S・クラーク博士(William Smith Clark,1826-1886)は、日 本に来る前はアメリカ合衆国マサチューセッツ州農科大学の学長でした。

 そんな博士が北海道にやってきたのは1876年7月のことでした。当時の 北海道開拓使の長官、黒田清隆(くろだきよたか)に招かれ来日しました。

 クラーク博士が呼ばれた理由は、北海道開拓に際し、北海道の農業技術 を向上させることでした。そして、当時札幌農学校と呼ばれた北海道大学 の初代教頭として就任しました。

 自由・独立・人間尊重を基盤として、校則は「Be Gentleman(紳士たれ)」 だけでよいとし、クラーク博士の強い影響で独特な校風が出来上がりまし た。禁酒させ、キリスト教も教えました。それらクラーク博士の教えは、 教え子たちや、その後の北海道開拓にも多大な影響を与えるものとなりま した。

北広島市のマークはなぜクラーク博士!?

 ところでクラーク博士が札幌農学校にいたのはたったの8ヶ月といわれ ています。そんな短い間に北海道開拓の土台をすえたのはすごいこととい えますね。この期間のどこで前述の名言を残したのかというと、実は最後 の最後だったのです。

 クラーク博士の教え子たちは、1877年4月16日、帰国する博士を見送る ために月寒村島松駅逓所(つきさむむら・しままつえきていじょ=馬車の 停車場のようなところ=現在の北広島市の恵庭市寄りの場所)に向かいま す。この別れの場で名言が生まれたようです。

 「Boys,Be Ambitious!」、つまり「青年よ、大志を抱け!」(そのあとに 「like this old man」が続いたなど諸説あるようです)。こう言い残して、 クラーク博士は馬で去っていきました。

 北広島市のカントリーサインが、クラーク博士と「Boys Be AMBITIOUS」 の図柄である理由はここにあったわけです。「B.B.A」のゆかりの地は、 正しくは北広島市なのです。


 札幌市内には羊が丘展望台のほかにも、北海道大学内には胸像もありま すし、北広島市にはクラーク博士記念碑もあります。北海道民としては、 一度は行っておきたい観光スポットですね。

AirBookmark

筆者について

編集部

編集部

北海道ファンマガジン編集部。編集部スタッフが取材執筆した記事や、名前を出さないライターの記事、寄稿記事の掲載の際にもこのアカウントが使われます。