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札幌農学校と北大

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Written by 編集部

札幌農学校と北大

 国公立大学では日本一キャンパスが広い北海道大学、そして、約130年 という日本一古い歩みを持つ北海道大学。通称北大(ほくだい)。道内トッ プクラスの大学で、道内では東大や京大よりも身近で進学先として人気の ある大学。北大入学者の半数が道内から進学しています。この大学の歴史 は「開拓使仮学校」として始まりました。

札幌農学校のスタート!

 前身がスタートしたのは、北海道開拓時代の明治期。1872年に「開拓使 仮学校」を東京に置いたのが始まりでした。3年後に札幌へ移転し「札幌 学校」へ改称。1876年には、調所広丈氏を初代校長、クラーク氏を初代教 頭として迎え、同年8月14日に「札幌農学校」として開校式を挙行しまし た。この日付が現在でも開学記念日となっています。

 この学校の目的は、北海道に近代技術を導入し、開拓の人材を養成する こと。農学や土木工学、測量、英文などを教えました。クラーク氏はわず か8ヶ月だけの在任でしたが、農学校の基礎を作り、キリスト教精神を教 え、生徒の中にはキリスト教徒も生まれました。

 当時の札幌農学校の位置は、現在でいうと札幌中心部、北1条西1丁目~ 北3条西3丁目にかけて、札幌時計台あたりにありました。1880年には演武 場つまり現在の札幌時計台で第1回卒業式を挙行。第一期生は直接クラーク 氏から教育を受けた学生たち24名で、卒業生は13名。札幌農学校からは、 28年後までに985名の卒業生を送り出しています。

札幌農学校(Sapporo Agriculture College)初期の卒業生の一部
※札幌農学校第1期卒業生(13名)
佐藤昌介、柳本通義、大島正健、荒川重秀、黒岩四方之進、渡瀬寅次郎、 伊藤一隆、小野兼基、佐藤勇、中島信之、田内捨六、出田晴太郎、内田瀞
※札幌農学校第2期卒業生(10名)一部
内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吉、廣井勇、町村金弥、南鷹次郎
※佐藤昌介、南鷹次郎は後に北海道帝国大学総長

 特に、クラーク氏の精神を受け継いだ2代目教頭ホイーラー氏のもとで 学んだ第2期生には、新渡戸稲造など有名な人物が含まれており、日本プ ロテスタント三大源流の一つ「札幌バンド」が誕生しました。1903年、 札幌農学校は現在の北海道大学の地に移転しました。

北海道大学へ!

 開拓使が廃止され、3県時代には農商務省所轄に、また4年後に北海道庁 が設置されるとこの北海道庁の管轄となり、めまぐるしく所属が変わって いきました。

 1907年からは一時期、仙台の東北帝国大学農科大学になり、1918年には 独立し、国内5番目の帝国大学「北海道帝国大学」となりました。1947年 10月から「北海道大学」と改称され、現在にいたっています。

札幌農学校第2農場!

 札幌農学校第2農場は1969年に国の重要文化財指定、また、後に北海道 遺産に選定されています。北大キャンパスにひっそりある建築物。開校ま もなく作られた農場です。第2もあれば第1もあるのですが、第1農場は、 学生の教育や研究のための施設、第2農場は北海道畜産経営のモデル農場 でした。

 第2農場には、酪農家をイメージして、酪農施設が建設されました。最 初の畜舎であるモデルバーン(模範家畜舎)は、洋式農業建築として国内最 古の建築物。日本畜産業の発祥地の一つとなっています。全9棟の歴史的 資料が残されています。

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