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石川啄木による北海道生まれの文学

 今回は、北海道で生まれた文学を中心に紹介します。北海道の近現代文 学といえば、石川啄木の名がまずあがることでしょう。道民にも、特に函 館や釧路では馴染み深い人物です。

 石川啄木は明治時代の詩人で歌人(1886-1912)。出生は東北の岩手県。 1904年秋ごろに来道し函館経由で小樽へやってきたそうです。なぜ小樽か。 姉が小樽にいたからであり、夫(義兄)は小樽中央駅(当時)初代駅長でした。 10月2日~17日滞在。詩集のための資金調達も目的であったとされています。 1年半後には貧乏のため、今度は夫が2代目函館駅長となった姉のところへ 訪れています(2月17日~19日滞在)。

函館時代

 石川啄木は1907年に教職を辞めて北海道へ移動することを決意、同年5月 5日~9月13日まで132日間函館で生活しました。来道する前には、函館に創 設された文学者団体苜蓿社(ぼくしゅくしゃ)の雑誌紅苜蓿に「公孫樹」な ど3編を発表していますが、それが縁でこの雑誌の編集を任されることにな りました。数々の小説や短歌を発表していきます。

 仕事は、函館商業会議所臨時職員や弥生尋常小学校臨時教員として働き ました。夏には奥さんと子供、母、妹を函館に呼んで一家5人での生活が はじまると、それだけではやっていけず、函館日々新聞の記者になりまし た。函館時代が終わる原因は函館で起きた大火でした(8月25日)。仕事場 である小学校と新聞社、それに苜蓿社も焼かれ、苜蓿社は解散。

※函館時代の関連名所
 啄木住所:青柳町45番地(最初の住所)
 啄木散歩の地:はまなすの咲く大森浜と砂山
 啄木スポット:石川啄木小公園(啄木浪漫館・啄木像)
 啄木一族の墓:立待岬付近にあるスポット。啄木は1912年4月13日、 妻は1913年5月5日になくなり、同年6月に墓完成、1926年に現在の 墓となった。
 啄木の歩いた道:基坂は「辻」という歌の辻に相当。仕事で歩いた。

小樽時代

 札幌にあった北門新聞校正担当として採用され移動することに。函館を 去るに際して歌ったのが「雨つよく降る汽車の濡れ窓をじっと見つめて出 でし涙かな」。函館を離れるのがつらかったようです。9月14日から現在 の北7条西4丁目で下宿。啄木は札幌のことを「大なる田舎」「木立の都」 「詩人の住むべき地」として記録しています。

 2週間後には小樽日報社記者として働くことになりました。9月27日から 小樽日報社にて勤務、中心的存在となります。しかし12月16日にやめてし まい、約1ヶ月間仕事がない状況に陥りました。小樽時代は115日間でした。

※札幌小樽時代の名所
 札幌時代の下宿先跡地:北七条郵便局
 小樽時代の下宿先跡地:花園町3-9、後に3-10に移転
 啄木像:大通公園

釧路時代

 1月19日、釧路新聞(現在の釧路新聞ではない)記者として単身赴任。そ のため「子を負ひて雪の吹き入る停車場にわれ見送りし妻の眉かな」とい う歌をうたいました。岩見沢・旭川経由で釧路駅に到着したのは1908年 1月21日21:30。当時は終着駅だったため「さいはての駅に下り立ち雪あか りさびしき町にあゆみ入りにき」。ちなみに当時の釧路駅は現在の位置で はないようです。

 啄木は釧路で数々の作品を残しました。たとえば、幣舞橋については、 現在こそ立派ですが、当時の木造の橋は「柱歪みて欄よれて老いてみにく く横たはる」と表現しています。「さらさらと氷の屑が波に鳴る磯の月夜 のゆきかへりかな」という海の町らしい歌もあります。

 啄木は釧路新聞事実上編集長として新聞を成功へと導きました。東京を 意識し始めた3月には仮病欠勤しはじめ、創作活動を行います。上京のた め4月5日に船で函館にいきます(出港の際雄阿寒岳と雌阿寒岳に触れている)。 釧路での生活は76日間でした。4月7日~13日、20日~25日に函館に滞在、 14日~19日は小樽の家族のもとへ滞在しています。

※釧路時代の名所
 ・市内に約25の歌碑があり紹介マップも用意されているがそれを見ると釧路駅から幣舞橋をわたった米町地区に集中していることがわかる
 釧路新聞:当時の社屋を復元した港文館(1908年建築)実際の住所は大町2-2
 啄木下宿跡地:シーサイドホテル横
 啄木の通った料亭:喜望楼跡地、現在佐野碑園

 ということで、北海道にいたのは1940年5月5日から1941年4月25日までを中心とした 約1年間ということになります。函館にはじまり、札幌、小樽、釧路と放 浪のたびをしますが、いずれも仕事は長続きせず、トラブルにあって退職 しています。そんな石川啄木は上京4年後に若くしてなくなりますが、 函館市立待岬に葬られました。現在、道内には以上4都市すべてに啄木像・歌碑があります。

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