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背伸びせず個性的に―音楽と生きるシンガーソングライター爽さん

編集部
Written by 編集部

背伸びせず個性的に―音楽と生きるシンガーソングライター爽さん

【札幌市】札幌で活躍する、将来楽しみな10代の若手シンガーを紹介するシリーズ第二弾。今回は札幌を中心に活動する女子大生シンガーソングライター爽さん。Youtubeに自身の楽曲をアップし続け、初めて参加したYAMAHAミュージックレボリューションではジャパンファイナルに進出する快挙を成し遂げた。音楽は生活に欠かせないと語る彼女の音楽感や曲作りに対する思いを聞いた。(2014年7月7日付)

爽(SAWA)

1994年11月10日生まれ、19歳、大学生、シンガーソングライター。2012年12月、自分で作った曲をYoutubeに投稿し始め、翌年2月に札幌を中心にライブ活動をスタートする。2013年、自身初のオーディションである第7回YAMAHAミュージックレボリューションの札幌セミファイナル、東日本ファイナルでともにグランプリを受賞すると、2014年1月のジャパンファイナル人気投票で14組中5位に入る。2014年9月、自身初のCDを発売。 オフィシャルサイト

まずは爽さんの曲を聴いてみよう!『凍結雨』

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―― YAMAHAミュージックレボリューションではジャパンファイナルまで快進撃だったそうですね。

その結果は意外で、気づいたら最後(ファイナル)までいました。その時、『ほかの人たちと違ってライブや習った回数が多かったわけではないので粗削りの部分が多かったけど、伸びしろ的に見たとき、将来の期待を含めるとこんな結果がついても全然おかしくない』と褒められました。この大会で、たくさんの人に支えられて最後の大会まで行けたので、音楽は自分一人で成り立たないんだなとすごく感じましたし、少しだけ度胸がつきました。

―― 爽さんが音楽を始めたいきさつを教えていただけますか?

私がちゃんと歌をやり始めたのは、小学校の時の合唱がスタートだったんですが、その前から歌や音楽が好きでした。映像の中に音楽があるディズニーが大好きだったんですが、特に「白雪姫」が好きで、それから音楽に入っていった感じでした。2~3歳のころは、自分でミュージカルごっこをするのが好きで、CDを親に買ってもらい、完コピして、踊りながら歌っていたので、練習というつもりはなくて、遊び感覚でやっていました。

小学校の時に合唱を、そしてピアノを小学校の6年間習っていたので、その時に楽譜と接する機会が増えましたが、小さい頃からの影響で今でも耳コピで音楽をやっています。当時はモーツァルトとかシューベルトなど、きらきらしたクラシックが好きで、今でもクラシックをピアノで弾くのは好きです。

中学生になると、椎名林檎さんにはまった時期がありまして、自分のブームになっていました。ずっと合唱やクラシック側だったので、そうじゃない音楽に触れて、アーティストがかっこいいなと思い始めました。彼女のようになりたいとは全く思わなかったしそういうつもりもなかったのですが、でも音楽をアーティストとしてやるということに対して憧れをもったのは中学生の時でした。

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―― 今の弾き語りのスタイルになったのはいつごろからですか?

今のスタイルは、2013年からですね。高校卒業したあたりから本格的に始めました。高校の時に軽音部みたいに5人組バンドを組んで、邦楽をコピーしてやっていて、私はボーカルでした。バンドでは、オリジナルの曲も4~5曲くらい私が作ってやってました。ジャジーな曲もありましたし、評価が高かったのはロックな曲。時期が時期だったので、夢に向かっていきたいのにいけないというような歌を無意識のうちに作っていたと思います。

ただ、進学校だったので、他のメンバーは進学と共にやらなくなって解散しました。でも、私は音楽と共に生活してきたので、音楽という軸を外して勉強することがなかなかできなくて。どうしようもないから、自分で弾いて一人で音楽をやった、それが始まりでした。

―― 曲作りについて教えていただけますか?

ちょうど受験が終わるか終わらない時に、新たに曲を作って、Youtubeに自分で投稿したりしていました。受験が終わってすぐくらいにライブ活動も始めました。

最初に投稿したのは『現代の問題』という曲でした。当時受験や人間関係のこととかで複雑だったので、自分の気持ちの整理をつけるために、模試の用紙の裏に言葉を書いていって、帰ってから音をつけて作った曲です。私はため込んだものを音楽でしか吐き出せなくて、いいことでも悪いことでも自分の気持ちが高まった時に作っちゃうタイプです。

今、オリジナル曲は100曲くらいあります。最初は、単純に曲を作る作業が音楽の中で好きだったのでどんどん作っていったんです。自分が音楽をやっていくときに何を強みにできるかなと考えた時に、曲を作ることを強みにしたいというのがあったので、今は『一か月に10曲作る』というのをノルマにして、曲作りを頑張っています。曲作りという作業は、毎日歯を磨くことと同じように、一日の習慣としてできるようになることが作曲家として一番大切と聞いたので、それを心掛けています。

私はあまりテーマをもって曲を作っていないので『珍しいね』と言われるんです。自分で生活して見てきたものを自分の中に溜めて、曲の中にうつしているだけなので、自分のすべてが全部の曲に入っているかなと。自分が歌って発信する曲は自分の好きなようにやっていきたいなと思っています。

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―― 曲作りを続けていて身についたことはありますか?

曲をたくさん作っていくと、本当に自分がこういう曲を作るぞと思った時に、軸がぶれないというか、いろんなことを想定しながら、こういう構成にして、こういうメロディーを使ったら、こういうのが伝わるんじゃないかと、具体的なものとして自分で扱えるようになってきたので、身についているなと思いますね。

同じような曲は絶対に作りたくないというのがあって、普段聴かないような曲を聴いてみたり、いろんな洋楽を聴くようになりました。メタル、ハードロック、ジャズ、民族音楽も好きですし、そうしたかけ離れたジャンルから、自分の曲を作るときに使えるような要素はないかなと探しています。

―― ご自身の曲の中で特に思い入れのある曲はありますか?

新しいCDに入れた新曲は、いろんな人の概念を壊したいなと思って作ったのもあって、純粋に自分がお客さんとして聴きたいなと思う音楽を作りました。その三曲は特に思い入れがありますね。お客さんの反応を見てると、大会などで歌ってきた『現代の問題』が好きと言ってくれますが、歌いにくいメロディーなので、私はあまり好きじゃない曲なんです(笑)。でも、人によって好きな曲が違いますね。

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―― ご自身の魅力とはどんなところだと思いますか?

単純に、誰にも似てないというのが魅力かなと。誰かに似ていると言われることは少なくて、ちょっと不思議な子がいるという感じで知ってくれてると思います。背伸びしないで素のままを出しているので、それが逆に個性になっていたのかなと思いますね。

キャッチコピーをつけるとしたら「音楽と一緒に生きている」。音楽がなければ普通に生活できないと思います。音楽をやりたいと思ってやる人はいっぱいいると思うんですが、音楽がないと生活できないという人はあまりいないと思います。私にとって音楽とは、空気と水と同じもの。生活に必要なものですね。

―― ライブで歌うときに心掛けていること何ですか?また、今後の目標についても教えてください。

お客さんが家に帰ってから、自分の持っている記憶や背景と照らし合わせて、いろんなことを考えてもらいたいというのがあるので、人の心に近くあるような音楽をやりたいなということを心掛けています。

大きな夢は、世界中の人に自分の音楽を聴いてもらいたいのが最終的な目標としてあります。 小さい目標もいろいろあるんですが、自分の作っているものを発信したいという気持ちが強いので、そのためにできることは何でもやっていきたいです。そのために、自分の音楽の質を高めて曲をたくさん作っていきたいですし、きちんとした形に残して、いろんな人の手元に届くということを着実にやっていきたいと思っています。

自己紹介映像


CDリリース情報「REPLAY」(3曲1,000円)
1 再起動
2 箒星
3 意気地なし
※2014/9/16(火) KRAPSHALL(札幌市中央区南4条西6丁目5番)にてレコ発ライブを開催

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