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元Whiteberry前田由紀が語る:解散10年―いまだから言えること(後編)

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元Whiteberry前田由紀が語る:解散10年―いまだから言えること(後編)

元Whiteberryボーカル前田由紀さんに聞く、解散10年を迎えていまだから言えること。前編では、Whiteberryの結成から解散までを伺いました。今回の後編では、解散後のソロ活動、そして現在の『夏祭り歌いに行きますキャンペーン』について語っていただきました。最初は『夏祭り』などをまったく歌えなかったといいます。その理由とは?

解散後単身上京―作った曲は孤独な歌が多かった

― Whiteberry解散後、北海道じゃなくて東京に行ったのはなぜでしょうか?

Whiteberry時代に東京に行きなれていたのもあったし、自分がバンド好きで、ほかのバンドをいろいろ見に行けるからです。東京に行ってからは、バイトがすごいしたかったので、とりあえずバイトしました。家の近くにガソリンスタンドがあってアルバイトを募集してたんでそこで。出だしはそこで、それからいろいろ経験しました。東京では大人の苦労があって、卒業後のほうが大変でした。何も知らなすぎて大変だったんです。

― 音楽のほうはどうでしたか?

やっぱり歌が歌いたいなと思った時、曲がないと歌えないんで、じゃあ自分で曲を作ろうと思って、19歳くらいから作詞作曲を始めました。弾けないのにギターを一本持ってて、それでなんとか曲を作って、最初はバックバンドつけてオリジナルを歌い続けました。いろんな形を経て、今は一人でギター弾き語りという形になっています。

― 当時はどういう歌を作って歌っていたんですか?

東京に出てきて、友達も知り合いもいなくて結構一人だったのですが、吐き出し口がなくて、それが結局、歌でした。最初はその時出たものをそのまま歌うというもので、暗い歌、というより孤独な歌が多かったです。だから、Whiteberryの曲とオリジナル曲とのギャップが激しいと思います。当時は大変なことが多くて、寂しい気持ちが大きかったです。

寂しさからの脱出―それは過去のファンの人たちのおかげ

元Whiteberry前田由紀が語る:解散10年―いまだから言えること(後編) ― 寂しい気持ちから脱出できたのはいつごろでしょうか?きっかけとかあったんでしょうか?

んー、実はここ最近です。 月日がたって、いろんな人に出会って、いろんな経験ができたからだと思います。一人で何ができるんだろうと自分で悩んで、脱出できなかったんです。でも、そこからやっと解放されて、すべてを受け入れて、自分で歌っていこうという気持ちにどんどん変わってきました。

― 意外と辛い時期があったんですね。その時期を支えてくれた人はいますか?

歌っている仲間もいますけど、『Whiteberry当時聞いてました』という人とかですかね。過去のファンの人たちです。そういった人たちが底から引っ張り出してくれたのではないかと思います。最初、踏ん張っている時は何を言われてもうれしくなかったんです。『Whiteberryは解散しているし私にはどうにもできないよ』という気持ちだったんですが、それが、言われてもどんどんうれしいと思えるようになってきて、みんなに伝えていかないと、歌い手として頑張っていこう、と思えるようになりました。

また、たまにテレビのオファーがあっても、『一人で出るのも嫌だし、いまさら出ても』という気持ちもあって断ったりしてましたが、出てみようかなと思って出てみると、意外と反響があって、みんな喜んでくれるのがうれしくて、自分でもどんどん出て行こうと思い始めてきました。

どんな孤独の曲が生まれようとも、細々と10年間続けて今につながっているので、歌うことをやめなくてよかったと思っています。Whiteberryの曲を、今でも自信を持って、一人でも歌えるようになっているので、歌い続けてくるための作詞作曲だったんだなと、今になって思います。

最初、『Whiteberryの歌を歌って』と言われても、Whiteberry5人の歌という思いもあったので、『解散してるし、ギター弾けないし、なんで一人でやんなきゃいけないんですかー』と維持を張っていたところもありました。でも、ここ2年くらいで、Whiteberryの歌をまた歌えるようになりましたし、夏になると『夏祭り』を歌ってほしいという声をとても多くいただくので、みんなの前でまた『夏祭り』を歌おうと思い始めました。

あなたの街に『夏祭り』歌いに行きます!

― それが今大々的に行っている「あなたの街に『夏祭り』歌いに行きます!」キャンペーンにつながると思うのですが、これについてどのような取り組みか教えていただけますか?

私は『夏祭り』をライブハウスで歌うこともあるけど、せっかくならお祭りで歌いたいなと思って始めました。町内会でやるような小さいイベントです。そういうのが頭の中にあって、どうやったらそこで歌えるんだろうかと思ってた時、イベントをやってる人と知り合って「『夏祭り』を歌いに行きます!」というのを広めることになりました。

お祭りで歌いたいとはずっと思ってました。ストロベリーキッズ時代はお祭りバンドでしたから。ライブハウスって決まった人しか来ません。でもお祭りって、子供、おばあちゃん、おじいちゃん、家族がいて、そういうお祭りの雰囲気で『夏祭り』を歌うということがやりたかったんです。この曲は小さい子供も知っている子がいたりしますので、そこで歌えたらみんな楽しいだろうと。みんな浴衣着て、世代関係なくみんなに聞いてほしかった。あの曲はそんな雰囲気に絶対合いますしね。あとは、『花火大会とかであの曲がかかっていると夏だなと感じる』と聞いていて、そういうところに私が歌いに行きたいなと思いました。みんなの記憶の中にその音楽があると思いますし、『夏祭り』に限ってはライブハウスでは絶対届かないなと思ったんで。

― 今までキャンペーンでどこに行かれましたか?

青森南部まつりに行きました。あとは、関西地方のショッピングモール、テーマパークで歌うことが多いです。今までだいたい10か所くらいは行ってます。まだ始めたばかりなので、『夏のお祭り・花火大会でやりたい』というのをもっと広めていきたいなと思います。地元なんで、北海道からもオファーきたら行きたいです。

― 今ではサポートしてくれる人たちもいるようですね。

当時ファンだった人が、カメラやってたり、メイクやってたりと、当時のファンが今すごい助けてくれています。音楽の仕事をしていてお誘いしてくれたり、困ってたら助けてくれたり、当時はステージ側とお客さん側だったけど、今は同じ土台に立ってその人たちに助けられているのはうれしいです。昔ファンクラブに入っていたとか、おっかけやってた人が、ホームページ作ってくれたり写真撮ってくれたりCD作ってくれたり、そういう出会いが不思議と多くて、本当に助けられています。

再結成したいし、道民のみなさんの目の届くところで歌えたらうれしい

元Whiteberry前田由紀が語る:解散10年―いまだから言えること(後編) ― 今後の目標をお聞かせください。

歌える場をどんどん広げていきたいです。北海道もそうですし。あとは、一日でも早く再結成したい。これは、個人的な目標です。私はいつでもしたいと思っています。またメンバーの演奏で歌いたいです、私は。

― 最後に北海道民、故郷の北見の方々にメッセージをお願いします!

また北海道にも歌いに行きたいし、いつまでも北海道出身だという気持ちで輝いていたいですね。笑 みなさんの目の届くところで歌えたらうれしいなと思います。

札幌ツアー2013/11 with天野明香

※各詳細は公式サイトを参照

11/21(木) Start19:00
Cafe&Bar Radio&Records(札幌市西区琴似1条4丁目2-15ニシムラビル3F)

11/22(金) Open19:00/Start19:30
musica hall cafe(札幌市中央区南3条西6丁目10-3長栄ビル3F)

11/23(土) 13:00~、19:00~
よりどこオノベカ(札幌市中央区南11条西7丁目3-18)
被災動物救援チャリティーライブ

11/24(日) 14:00~、17:00~
CAFEサーハビー(札幌市中央区南3条西6丁目和光ビル2F)

取材後記

Whiteberryは、ちょうど2014年で、前身のストロベリーキッズ結成から20年、解散から10年という節目を迎えることになります。解散後の10年を振り返ると、様々な苦労があったとのこと。それでも地道に音楽活動を続け、周りの人たちやかつてのファンに支えられたからこそ、いま長く暗いトンネルを抜け出せていると語ってくれました。

彼女の原点はストロベリーキッズというお祭りバンド。小さいころに体感した、老若男女問わずみんなが楽しめるお祭りの雰囲気や楽しさがわかっているからこそ、今でもそこに価値を見出し、お祭りに名曲を歌いに行く活動をしているわけです。

撮影時は、落ち葉を頭に載せたりするお茶目な一面も見せてくれた前田さん。自然のまま、ありのまま、自由にやりたいことをやって楽しんでいる様子が印象的でした。前田さんの個人的目標であるWhiteberryの再結成、一日も早く実現してくれるといいですね。

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