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カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン

編集部
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カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン

現在道内を中心に販売されている雪印メグミルク製造「ソフトカツゲン」。そのカツゲンのルーツを探る第3回目、カツゲンの普及についてです。現在のカツゲンはどのようにして一般家庭に広まったのでしょうか。

 雪印乳業とクロバー乳業合併後は道外展開として府県に市乳事業展開し、工場設備を増強していきました。マスコミ媒体も活用した結果、1959年以降の生産量は目覚ましい増加を見ました。雪印乳業全体では1965年には3.9倍になったほか、シェアを12.1%から18.2%に上昇。カツゲンのような乳酸菌飲料も例外ではなく、乳酸菌飲料全体で1959年に対する1962年の伸び率は3.3倍にも達しました。

北海道に根付くカツゲンの味

▼瓶カツゲンをPRするポスター
カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン

▼懐かしい品々(鉄箱と瓶)
カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン

 カツゲン販売の勢いはとどまるところを知らず、道内で知らない人はいないほどになりました。カツゲンは発売間もないころ、東京や大阪、九州でも一時的に生産・販売されたこともありました。しかし特に関西地方をはじめとして味の濃いカツゲンの売れ行きは良くなく、最終的に濃い味が好まれる北海道・東北の一部地域に根付くという結果になりました。

 当時のカツゲンは、今より甘みや酸味が強い濃厚な味わいとして知られていました。まさに道産子と相性がピッタリ合った飲み物と言えるでしょう。当時はカツゲン40ml入り瓶と、80ml入り瓶の2種類があり、各地の雪印配給所が牛乳のように各家庭に送り届けるというスタイルがとられていた時期もありました。ですので、当時を知る人の中には、毎日とか、週に1本飲んでいたと記憶している人もいるほど。また、駅の売店や銭湯でも販売されていましたから、湯あがりに牛乳ではなくカツゲンという人も多かったようです。

カツゲン時代を知る人たちの体験談

・2歳で札幌駅のすぐ北側に住んでいた頃、カツゲンは小さな瓶で売られていました。お店で針で紙のふたを取って飲みました。記憶ではおまけでシールをもらった覚えがあるのですが……。(鹿追町・Hさん)

・カツゲンが学校給食に初めて出た時、これ腐ってる!って思って泣いた事があります。初めての飲み物にびっくりした記憶があります。(新得町・Cさん)

・子供の頃は銭湯上がったらビンのカツゲンが定番でした♪(札幌市・Bさん)

カツゲンPR活動

▼懐かしい品々(木箱、粗品)
カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン
カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン
カツゲンヒストリー3 普及期:道内隅々に普及するカツゲン

 現在はほとんど見られませんが、発売当初はカツゲンの広告宣伝が活発に行われていました。たとえば、1958年6月1日~10月末日まで、全道で「雪印カツゲン愛飲者感謝セール」が開催されています。この期間、100日間継続して愛飲した人に抽選券が配布され、11月25日に1000名に東芝電気釜がプレゼントされました。この抽選会には道新なども立ち会い報じられました。

 また、カツゲン生産メーカーや販売者による「カツゲン協会」なるものも設立されていました。「ミルク通信」(札幌酪農牛乳発行、雪印ブランド以後は雪印乳業編集室発行)も発行し、その中には「カツゲンくらぶ」というコーナーが設けられました。カツゲンにより体調が良くなった報告や、「家計簿の・予算に入れる・カツゲン代」など俳句(?)も多数掲載されました。

 この「ミルク通信・カツゲン版」というカツゲンだけを扱った版から、当時のカツゲン普及活動の様子を見ることにしましょう。1959年10月27日に、長万部町でカツゲンを語る座談会が開催されました。雪印乳業本社工場長や札幌営業所担当者、黒松内販売所管内の国縫配給所・黒岩配給所・今金配給所のスタッフが駆け付け、愛飲者14名と対談しました。

 この時、黒松内処理工場で瓶詰めされたカツゲンがサンプルとして提供され、顕微鏡で瓶カツゲンのブルガリア菌とアシドフィラス菌を観察したと記録されています。計算の結果1ccに3億2000万の数があったようです。また、この日参加した人たちは、カツゲンを飲んで体調がよくなったとの体験談を話しました。(詳しくはカツゲンの栄養価の記事を参照)

 では、その後カツゲンはどのように変わっていくのでしょうか。次の記事では、現在のソフトカツゲンに至る道のりを辿ります。次の記事に続きます

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