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北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?

鈴木麻代
Written by 鈴木麻代

北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?

「竹に短冊七夕まつり、大いに祝おうローソク一本ちょうだいな」。北海道では七夕まつりの日には、夕方から夜にかけて、浴衣を着た子どもたがローソク(現在は菓子が多い)もらいに各家庭を訪れる習慣があります。

このように北海道、なかでも函館には他都市と違う珍しい習慣があるのです。七夕まつりも同様で、全国的にも珍しい習慣とその由来について、もっと知りたい人は多いはず。そこで、今回は箱館歴史散歩の会主宰、函館歴史文化観光検定(はこだて検定)第1回上級合格者の中尾仁彦(とよひこ)さん(74歳)に詳しくお話しを聞いてきました。

―― 北海道では8月7日に七夕まつりが行われるところが多いと聞きます。函館はなぜ、7月7日なのでしょうか。

七夕は子どものまつりとしてのイメージがありますが、お盆のはじまりにあたる日なのです。七夕とお盆はセットで動いています。7月盆の地域では七夕も7月、8月盆の地域では七夕も8月ということになります。

▼七夕まつり風景 毎年遠くから親子連れが訪れる(写真提供協力:道南食品)
北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?

―― そういうことだったのですね。ちなみに函館のお盆はなぜ7月なのでしょうか。

「盆と正月がいっぺんに来た」ということわざがあるように、昔からお盆は正月に並び立つ旧暦7月の中心的行事でありました。お盆の前段階として、お墓や仏壇を掃除する清めの意味がある7日の七夕祭りから始まり、先祖の霊が家に戻る13日は先祖の墓参りを行うお盆のメイン行事の初日です。16日は京都の大文字焼きで有名な「送り火」をたき、霊を送り出す「灯ろう流し」が行われます。

明治5年、旧暦が新暦に改められた際、全国の大半は7月から8月(旧暦を新暦に直すとほぼ8月20日前後)に移ります。凾館も同様に8月に移りました。しかし、8月の最大のイベントである「凾館八幡宮」の夏まつりと時期が重なるため、同時実施は不可能、また正月が新暦なのにお盆が旧暦ではおかしいと市内の各寺院が協議し、大正6年から7月に実施とすることで各檀家に通達したのが現在に至っているようです。

一方、東京以北最大の都市であった凾館が東京に負けじと「いいふりこき」で7月に戻したという説もあります。この説は当時の凾館の高い経済力を著実に示したものです。

全国的にみても、7月盆は東京の一部などに限られた小数派で、北海道では根室は7月です。凾館と根室は高田屋嘉兵衛の影響を大きく受けた「先進地域」で、その後もロシアの影響を共に受け、同じ経済圏を構成したためと言われます。

―― 七夕まつりと「ろうそく一本ちょうだいな」の由来についても教えて下さい。

▼七夕まつり 竹に短冊七夕まつりの歌を歌って菓子をもらう子どもたち(写真提供協力:道南食品)
北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?
北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?

凾館は7月にお盆が実施されるため、お盆の最初の行事の七夕祭りも7月7日に実施されておりますが、全国的にはお盆と同様に8月に行われております。「竹に短冊、七夕まつりオーィヤ、イヤーヨオ、ろうそく一本ちょうだいな」と各家を回りろうそくをもらう習慣は、凾館七夕祭りのほほえましい行事として広く知られています。「オーィヤ、イヤー ヨオ」は「大いに祝おう」と土地によって歌詞は異なり、またある時代には「ローソク出せよ、出せよ、出さないとかっちゃくぞ」と乱暴な表現もありました。「オーィヤ、イヤー ヨオ」は、江戸時代に大きなねぶたを引く時の掛け声の名残ともいわれています。

当時は青森県ばかりでなく、道南でもねぶたが引かれていました。江戸後期の平尾魯仙の「松前紀行」によれば、七夕まつりとねぶたまつりが混ざった形で行われていたようです。凾館のねぶたは竹と紙で作った四メート四方に数100本のローソクを灯し、形は虎、象、英雄の像などで大変絢爛豪華な作りでした。それを車の台にしつらえ、笛、太鼓、三味線で2~30人で囃して引き歩き、凾館入港中の外国船員も参加した記録もあります。寺子屋の子供たちは各自が40~70センチの額ねぶたを作り、上部に五色で作った短冊を数十結んだ竹笹を挿し、太鼓や笛を鳴らして歩き、最後には海に流しました。

また、子どもがねぶたに灯すろうそくを集める慣習があり、現在の男の子は空き缶の中にろうそくを灯す「カンテラ」、女の子はちょうちんを持って、上記「歌詞」を歌いながら近所の家庭を回ってろうそくやお菓子をもらう習慣はこの名残です。一時、お菓子の取り合いや金銭を争う子どもが出現してしまいました。子どもに悪影響を及ぼすとして賛否が分かれましたが、最近は路地に子どもたちの歌声が響く「地域文化」として、次世代に伝えたいと保存の傾向が強まっておりますのは心強いことです。

▼家庭を回ってきた子供たちに渡すお菓子の袋 中身はうまい棒など普通の駄菓子
北海道の七夕はなぜ8月?「ローソクもらい」の風習の起源とは?

一方、由緒ある七夕まつりのねぶた、および隔年に行われた凾館八幡宮の夏祭りで、三日三晩練り歩いた四台の巨大な山車(フランスの新聞に掲載されたほど)が消滅したのは本当に残念なことです。もし現存していれば全国規模のお祭りになったことでしょう。おそらく凾館の度重なる大火が伝統行事の継続を妨げたものと思われます。

筆者も函館には22年間在住していましたが、初めて知ることばかりです。中尾さんの独特に穏やかな語り口調に、昔話しを聞き入る子どものような感覚に。

函館の七夕まつりは今も賑やかです。一方、札幌はオートロック式のマンションが増えるなどの事情から、子どもたちで各家庭を訪問するのが難しくなりすたれていった、という声が多くありました。そんななか、子どもたちが個々に各家庭を訪問するスタイルをやめて、町内会の行事として実施している地区もあるのです。

時代とともに変化してゆく七夕まつり。今後どうなっていくのか興味深い話題です。

【動画】札幌市東区の洋菓子店フォセットフィーユで行われた8月7日夕方の「ローソク出せよ」の模様(同店提供)


【動画】札幌市清田区で行われた8月7日夕方の「ローソク出せよ」の模様

取材協力: 中尾仁彦さん(箱館歴史散歩の会主宰、箱館はじめて物語著者)、 函館ぶら探訪フェイスブック、札幌市清田区の皆さん
写真提供協力:道南食品株式会社フェイスブック
情報提供協力: 函館市地域交流まちづくりセンター

筆者について

鈴木麻代

鈴木麻代

1970年生まれ。フリーライター。26歳の時に函館で地域情報紙のフリーライターとしてデビュー。全国版観光旅行誌、田舎暮らしの本他、様々な機会に恵まれる。仕事に子育て、ボランティアと多忙を極め一抹の不安を感じてたある日、ガンにかかる。自分に合う生き方・働き方へチェンジを試み、42歳で離婚し札幌へ。北海道ファンマガジンの情報をもとに札幌めぐりを楽しむうち、2015年7月よりライターとして関わる。一眼レフを片手に執筆ジャンルは幅広く、単独取材~ロケハン同行取材もこなすグリーンレモンな人と言われる。プロフィールの続きは鈴木麻代WEBで検索を。