豊浜トンネル崩落事故10年……

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 積丹半島、いや、北海道中に衝撃を与えた岩盤崩落事故からはや10年。1996年2月10日午前8時10分、古平町国道229号線豊浜トンネル上部岩盤崩落。10年はあっという間でした。ちょくちょく今でも積丹方面へ行く際に通りますが、通るたびにいつも思い起こされます。

 事故現場となったのは、豊浜トンネルの古平町側出入口40m区間。(地図参照) このトンネル内部に余市町と古平町の境界線が通っています。ニュースで「余市町側から」「古平町側から」それぞれ活動が盛んに報道されていたこと、事故直前に通過したドライバーさんが天井から砂が降ってきたと証言している報道が、今でも耳に残っています。結局、事故現場で小樽行き路線バス1台と乗用車1台の20名が亡くなるという大惨事になりました。

 その後どうなったかというと、かつて使っていた狭い旧豊浜トンネルを利用、1996年12月、豊浜トンネルを応急処置し仮復旧。新ルート建設は、豊浜トンネルの途中から新たなトンネルを、すぐ次のトンネルであるセタカムイトンネルの途中まで掘りつなげ接続、1つの豊浜トンネルとしました(2000年12月暫定開通)。

 つまり、現在の新豊浜トンネルは、豊浜トンネルとセタカムイトンネルが迂回ルートでつながったもの、というわけです。そのため、現在のトンネルは内部で山側に一部膨らんだようなカーブがあります。(地図を参照) また、これにより、事故現場へは普通に行くことが出来なくなりました(海から船を使うのみ)。

 新しくなった豊浜トンネルの古平町側出入口海側には、 「セタカムイ防災祈念広場」があります(写真=とがった岩はセタカムイ岩)。ここには広い駐車場と、トンネルの脇にある慰霊碑があります。事故の概要も書かれています。事故後、各地のトンネルの検査が早急に行われましたが、事故が起こってからじゃ遅いべや~と誰もが思ったはず。その後改修工事が各地でなされ、そのうち道内9割の危険トンネル箇所の改修工事が2006年中に終了するそうです(=北海道新聞)。