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函館市電100年目に、出産をへて復帰した戦後初の女性運転士・平泉さん

千葉美奈子
Written by 千葉美奈子

函館市電100年目に、出産をへて復帰した戦後初の女性運転士・平泉さん 【函館市】道内初の路面電車である函館市電は、2013年に100周年を迎えました。その節目の年に、出産をへて復帰した女性運転士がいます。2005年に、戦後初の女性運転士として採用された平泉優華さん(32)。現在、61人の運転士の中で3人の女性運転士がいますが、出産をへて復帰したのは彼女が初めてです。

函館市電の女性運転士の歴史

函館市企業局交通部によると、第二次世界大戦中、多くの男性運転士が出征し運転業務の人手が足りなくなった頃、のべ200人の女性が、車掌や運転士として業務に携わったそうです。戦後、女性運転士は姿を消しましたが、2005年、約60年ぶりに誕生した女性運転士が、平泉さんともう1人の女性でした。

函館市電100年目に、出産をへて復帰した戦後初の女性運転士・平泉さん

▼写真:毎朝9時過ぎに出勤。点呼をとります。
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市電の運転士を志した理由

函館バスの女性運転手に憧れていたという平泉さん。「女性も応募できるみたいよ」と母親が教えてくれた市電運転士の募集要項に心を動かされ、試験をへて合格。その後、約3ヵ月の学科の研修後に、初めて実地訓練で運転。試験合格から半年がたち、正式な運転士としてデビューしました。運転に対する緊張と、女性ということで乗客からも注目を浴びる緊張が途切れることのない毎日だったと振り返ります。

男性職場で仕事を続けてきた大変さももちろん、それよりも、「1日の中で100人単位の多くの人に接する毎日にやりがいと楽しさを感じてきました」と話します。乗客が声をかけてくれたり、修学旅行生たちが「女の運転士さんだ!」と喜んでくれる姿に、気持ちもピリッと引き締まるそうです。

▼たくさんの人に出会えることが何よりのやりがい
函館市電100年目に、出産をへて復帰した戦後初の女性運転士・平泉さん

▼写真:同じ経路でも見える光景は毎日違います。▼右:「お客さん、終点ですよ!」
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出産をへて復帰した今、運転業務への思い

嘱託職員である平泉さんは、2013年6月末に出産後、3ヵ月で復帰。復帰直後の2日間は、研修で乗客のいない車両を運転。久しぶりの運転業務に「楽しい」と心が高ぶったそうです。

現在は、生後8ヵ月の長男を同居の家族に預け、9:00~18:00の定時勤務。朝9時過ぎに駒場車庫を出発し、湯の川から谷地頭または函館どつく前に向かい,駒場車庫に戻るという約1時間半の業務を、1日に4本こなします。長男が1歳になったら、男性運転士と同様の、不定時勤務に戻る予定だそうです。復帰後は、「以前から子どもが好きだったけれど、小さい子どものお客さんや、赤ちゃんを抱っこしているお客さんが座れているかなどは、一層気になるようになりました」。

▼平泉運転士と生後8か月の長男
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毎日のストレス解消法は?

「しゃべることが大好きなので、職場の方々や家族としゃべることがストレス解消法です!」。30~40代の子育て世代の男性も多く、気さくで温かい人たちが多いそうで、職場での交流と仕事の充実さのおかげで子育ての負担をリフレッシュすることもでき、週2日の休みには、長男とのふれ合いを楽しみ、仕事と育児のバランスを保てているそうです。

女性運転士がもっと増えてほしい!

女性運転士の出産後の復帰は前例がなく、女性が長く運転士を続ける上での課題も浮かび上がってくると思われます。しかし、函館市電の女性運転士の新たな歴史を築き出した平泉さんは、「大変ではあるけれど、やりがいをたくさん感じられる仕事。もっと女性運転士の仲間が増えてほしいです」と話します。運転席に座る彼女のはつらつとした姿に、これからも、元気をもらう人がたくさんいることでしょう。

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筆者について

千葉美奈子

千葉美奈子

東京都出身。2012年夏から函館市在住。乳幼児と保護者向けイベントの講師業のほか、総合情報サイト『All About』の乳児育児・絵本ガイド。自身も子育て現役中。初めての北海道生活、函館の空の表情の豊かさは、長年かかって築かれてきた価値観・人生観に大きな影響を与えたようです。道南地方の個性的な魅力に触れるたびに幸せな気持ちに。趣味は料理、パン作り、野球観戦。