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実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

千葉美奈子
Written by 千葉美奈子

実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

【八雲町】八雲の酪農の歴史と共に、酪農に捧げる人生を歩んできた同町立岩の加藤孝光さん(93)。最近でも町主催の八雲の歴史についての講座で講師を務めるなど、八雲について語り継ぐ存在として活躍しています。

そんな加藤さんが大切に保管する ぶ厚い3冊の「酪農交友録」。そこには、加藤さんの農場で長年にわたって受け入れた200人に上る実習生の、仕事や人生、加藤さんへの思いが綴られています。厚い、熱い3冊にまつわるお話を伺いました。

八雲の酪農発展の基盤となった「畜牛組合」と同じ年に生まれた加藤さん

実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

加藤さんは1920(大正9)年8月生まれ。この年、八雲には「畜牛組合」という組織が誕生しました。明治時代に旧尾張藩士の一族たちが移住して来て、馬や牛を使った米作や畑作が行われ、牛乳やその加工品、肉を売り出そうという動きが出てきていましたが、八雲の酪農が本格的に発展することになった基盤が、この「畜牛組合」。すべての農家に牛を行き渡らせ、それまで個別に営まれていた酪農を、組織的に進めていくことになったそうです。

質のよい土づくり、そこで育てる質の良い草、そしてその草を食べて育つ牛たちという、酪農の基本を実践する八雲町として、全国からたくさんの農業関係者や乳製品の企業関係者などが、時にはバス数台で視察に訪れたといいます。

八雲の酪農家たちは男女問わず多くの人たちが、デンマークなどへ、ヨーロッパの酪農を学ぶための視察にも出向いたそうです。本格的な西洋の近代農法を取り入れて酪農が発展した八雲の田園道路は「ミルクロード」と呼ばれ、北海道らしい牧歌的な雰囲気にあふれています。

40年間で受け入れた200人前後の実習生の記録「酪農交友録」

実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に 加藤さんの農場では、1950(昭和25)年前後から実習生を受け入れ始めました。酪農家を目指し、1年以上住み込みで働いた人もいれば、旅の途中でふらりと寄る人も。仕事を辞めて今後の人生に迷っている人が、はるか遠い土地から訪ねてきて「働かせてください」というケースも。教師や、小学生や中学生の子どもたちの酪農体験という形もあったそうです。女性は力がないという理由から、実習生としての受け入れを敬遠する農場もあったそうですが、加藤さんは、性別や背景を問わずに受け入れてきました。

「20年ぐらい前まで(実習生を)受け入れていたかなあ」。40年ほどの間に受け入れた実習生は200人前後。「皆に厳しく接したので、恨みつらみもたくさんあっただろう。そんな思いを、去る時にみんなに書いてもらった」というのが、「酪農交友録」です。

▼3冊の酪農交友録から
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に
▼実習体験者が後に描いてくれた牛舎
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

「働いてみてわかった酪農の大変さ」

交友録には、経験してみて身に染みた酪農の仕事の大変さも綴られています。牛の乳しぼりを体験したこともない人に一から酪農を教えるのは、加藤さんとしても苦労があったといいますが、「挨拶をきちんとすること、道具を大切に扱うこと」から指導したそうです。「朝晩の挨拶をしなくなる気配が見えたら、危ないんだよ」。そんな人たちの中には、ある朝起きたら「ありがとうございました。後を追わないでください」などの書置きを残して姿を消していたというケースも。

四国での看護師の仕事を辞めて訪ねてきた女性が、しばらくして、重労働のつらさに「ご迷惑をかけました」と言って去っていったそうです。「その後どうしたのかも、もちろん分からない。ここでもう少し何とか生活させてあげることはできなかったかと、特に心残りなんだ」。

「東日本大震災が起きてしまったけれど……。福島県の双葉地方や相馬地方からの実習生を受け入れたこともある」。1年半ほどの実習を終えて地元に帰る人たちには、「地元に帰って増やしてほしい」という思いと共に、子牛を1頭プレゼントしたそうです。福島県からの実習生のために作った歌は、四季を越えて働き、力強く成長した実習生の姿をさわやかに表現しています。

▼福島県からの実習生のために作った歌
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

八雲の歴史の語り手

最近でも町主催の八雲の歴史についての講座などで講師を務める加藤さん。道内各地から呼ばれて、講演に出かける機会も重ねてきましたが、話す内容の支えとなっているのはこの交友録。「実習生たちの様々な人生や思いが詰まった記録から、いくつかエピソードを話すと、非常に関心を持って聞いてもらえるんだよ」。

「ところで、牛とべこの違いは知っているかい?」。唐突な問いに、「え、何だろう? 分かりません」と詰まると、「耳の上に角があるのが、牛。角の下に耳があるのが、べこ。分かる?」。「ええっと……。あれ? 同じ!?」。「そう!」。真剣な表情で問いかける加藤さんに、1本取られました。

牛舎も見学。立っている牛もいれば、寝そべっている牛も。その時加藤さんが、「牛は礼儀正しくてねえ。お客さんが来ると、立ちあがって和菓子とお茶を出すんだよ」。その言葉が終わるか終らないかのうちに、全ての牛がスクッと姿勢よく立ち上がり、勢いよく……!! 迫力ありました!

▼牛を笑顔で見守る加藤さん
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

▼牛舎
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に
実習生200人の思い綴る「酪農交友録」―八雲の加藤さん今も大切に

「子どもの頃から病気の問屋のようだった」といい、たくさんの病気を経験し、近年も心臓や胃の大きな手術をしているという加藤さん。しかし、伸びた背筋とテンポのよい語りに引き込まれました。今後もますますお元気に、八雲にまつわるエピソードを語り継いでいっていただきたいです。

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筆者について

千葉美奈子

千葉美奈子

東京都出身。2012年夏から函館市在住。乳幼児と保護者向けイベントの講師業のほか、総合情報サイト『All About』の乳児育児・絵本ガイド。自身も子育て現役中。初めての北海道生活、函館の空の表情の豊かさは、長年かかって築かれてきた価値観・人生観に大きな影響を与えたようです。道南地方の個性的な魅力に触れるたびに幸せな気持ちに。趣味は料理、パン作り、野球観戦。