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青函連絡船の歴史4(廃止へ)

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Written by 編集部

青函連絡船取替委員会

青函連絡船の歴史4(廃止へ)  国鉄では老朽化に伴い、船を取り替えようという動きが出てきました。まずは1965年までに旧式9隻を大型6隻に取り替えるというもの。それで1965年までに客載車両渡船がたくさん造船されました。以前の船の名称を継承しているものもあり、二代目が多く出てきたのがこの時期の特徴です。1965年末には津軽丸型限定で3時間50分で結び、1日23往復ありました。

 1967年には自動車積載(フェリー)を開始(当時は6台限定)し、その当時道南海運、青森商船、共栄運輸の3社がカーフェリーを行っていました。1972年の冬季札幌五輪のときには2月20日大雪丸第33便で輸送されました。1970年代には貨物船3隻の交換が決定しました。

 運航も改善され、1972年3月のダイヤ改正では1日28往復に最大30往復可能(30分間隔運行)となりました。輸送人員も増加し、1973年8月5日は上り19080人、下り34560人で過去最高を記録、そして有川桟橋発着の便に旅客を乗せたのは、後にも先にもこの日限りでした。その後オイルショック後に航空機が台頭し、輸送量が減少し始めることになります。

ここまでの年表
1964年5月3日 第六青函丸引退
1964年5月10日 津軽丸型客載車両渡船二代目津軽丸(5318t/JQUW)就航・青函連絡船史上最大
1964年8月12日 津軽丸型客載車両渡船八甲田丸(5382t/JRRX)就航
1964年8月31日 大雪丸引退(ギリシャへ移籍、1991年沈没)
1964年10月26日 摩周丸引退
1964年11月30日 第八青函丸引退
1964年12月1日 津軽丸型客載車両渡船二代目松前丸(5376t/JMTO)就航
1964年12月31日 第七青函丸引退
1965年5月16日 津軽丸型客載車両渡船二代目大雪丸(5375t/JPBI)就航
1965年6月20日 羊蹄丸引退(下関へ)
1965年6月30日 津軽丸型客載車両渡船二代目摩周丸(5374t/JHMI)就航
1965年7月2日 第十二青函丸引退
1965年8月5日 津軽丸型客載車両渡船二代目羊蹄丸(5375t/JQBM)就航
1965年8月31日 渡島丸引退
1965年9月30日 石狩丸引退(全11隻体体制)
1965年10月1日 初代十和田丸引退→後に二代目石狩丸となる
1966年10月24日 津軽丸型客載車両渡船二代目十和田丸(5397t/JMUK)就航
1967年5月6日 旧初代十和田丸が車両専用として改造され二代目石狩丸(5397t)として就航
1969年9月20日 日高丸引退
1969年10月1日 渡島丸型車両渡船二代目渡島丸(4075t/JFLQ)就航、国鉄鉄道連絡線最大
1970年4月2日 最後の蒸気タービン初代十勝丸引退
1970年4月5日 渡島丸型車両渡船二代目日高丸(4089t/JBRK)就航
1970年6月30日 渡島丸型車両渡船二代目十勝丸(4091t/JCAO)就航(3時間50分13隻体制)
1976年2月27日 初代空知丸引退
1976年4月5日 渡島丸型車両渡船二代目空知丸(4123t/JQAD)就航
1976年7月5日 初代檜山丸引退
1976年8月5日 渡島丸型車両渡船二代目檜山丸(4107t/JJRE)就航
1977年3月18日 二代目石狩丸引退(売却)
1977年5月6日 最後の船で唯一の三代となる渡島丸型車両渡船三代目石狩丸(4105t/JPHE)就航

青函連絡船の終焉そして青函トンネルへ

青函連絡船の歴史4(廃止へ)

 乗客が減少する中、洞爺丸台風以後急速に実現が早まることになった青函トンネル建設が着々と進んでいました。

青函トンネルの歴史
1946年4月24日 地質調査開始
1963年2月11日 北海道側で着工式
1964年1月26日 北海道側で斜坑口掘削を開始
1964年5月8日 北海道側で調査抗掘削開始
1966年3月21日 本州側で調査抗掘削開始
1968年12月27日 北海道側で作業抗掘削開始
1970年7月13日 本州側で作業抗掘削開始
1971年9月28日 青函トンネル工事実施計画書提出・認可
1971年11月14日 北海道側で起工式
1971年11月15日 青森側で起工式
1982年 海峡線と命名、1988年青函トンネル開業と決定
1983年1月27日 先進導抗貫通
1985年3月10日 10時5分青函トンネル本坑貫通
1988年3月13日 開業、青森駅から電気機関車牽引の快速列車「海峡」1号が、函館駅から特急電車「はつかり」10号が発車

 一方、青函連絡船は乗客が減少する中、1隻1隻使用停止になっていきました。そして1988年3月13日20:50、青函連絡船航路は終了しました。

ここまでの年表
1978年10月1日 渡島丸使用停止、函館ドックにて係留
1979年3月 日高丸使用停止、函館ドックにて係留(1日25往復)
1982年3月4日 津軽丸廃止、函館港に係留後北朝鮮へ売却、北朝鮮船籍
1982年4月1日 石狩丸が客載車両渡船に改造し4965tになって就航
1982年10月1日 檜山丸が客載車両渡船に改造し4958tになって就航
1982年11月12日 松前丸廃止、函館港に係留後北朝鮮へ売却
1982年11月15日 ダイヤ改正1日21往復に
1984年1月31日 十勝丸・日高丸引退、いずれも有川桟橋に係留後売却後スクラップ、青函連絡船は8隻体制になる
1984年2月1日 1日17往復に、有川桟橋廃止
1987年4月1日 JR発足、青函連絡船及び青函トンネル鉄道運営は北海道旅客鉄道(JR北海道)に引き継がれ、元連絡船船員はJR北海道に出向、さらに船員OBを臨時召集、船籍港を東京から函館に変更
1987年4月24日 青函連絡船は青函トンネルと同時に廃止せざるを得ないことを発表、旅客輸送量が上昇
1987年11月25日 JR北海道、青森県、青森市、北海道、函館市による青函連絡船の未来に関する最後の会談で、青函連絡船を1988年3月13日廃止すること、廃止後津軽丸型2隻を函館市青森市に1隻ずつ譲渡すること、1988年夏季に2隻で復活運行することを決定
1988年1月6日 二代目大雪丸検査有効期限をむかえ一足先に廃止・売却、7隻となる
1988年3月12日 空知丸引退
1988年3月13日 青函連絡船廃止、最終便は函館から「羊蹄丸」22便が、青森から「八甲田丸」7便が出港、20時50分到着し青函連絡船最後となる、以後民間フェリー会社が津軽海峡を制する。
1988年6月3日 青函博で期間限定復活、1日2往復羊蹄丸・十和田丸だけ運行、夜は海上ホテルとして開放
1988年9月18日 復活運航終了
1988年9月19日 廃止


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