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太平洋石炭販売輸送

編集部
Written by 編集部

 釧路市には国内最後で唯一の坑内掘石炭生産会社があります。また、そこで使われている貨物線は、国内唯一の石炭列車、道内唯一の私鉄、日本最東端の私鉄・貨物専用線でもあります。

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太平洋炭礦から釧路コールマインへ

 周知のとおり、北海道は炭鉱王国でした。国内各地にも産炭地がありましたが、エネルギー革命により1960年代から閉山が相次ぎました。北海道で最後まで残って生産し続けたのが当時の太平洋炭礦株式会社でした。

 この地域は「釧路炭田」と呼びます。太平洋炭礦は釧路沖海底約7kmまで石炭が眠っており、そこから採掘しています。1857年には石炭採掘が始まっていたとされていますが、1897年採掘開始の安田炭礦を起源とする太平洋炭礦は1920年4月設立の会社で、石炭生産事業の新会社として独立したのは1970年11月のこと。その後も釧路の経済を支えてきました。

 2001年11月29日には、長崎県にあった池島炭鉱が閉山したことに伴い、国内最後・唯一の炭鉱となりました。しかしそのころ、太平洋炭礦でも閉山の動きが加速し2001年12月7日に閉山のニュースが報じられ、2002年1月30日にはついに閉山、82年の歴史に幕を下ろしました。従業員1066全員解雇、採掘石炭量は通算1億トンとされます。

 太平洋炭礦は閉山したものの、地元商業界がそれに備えてすでに動いていました。2001年12月27日、閉山後を引き継ぐ目的で「釧路コールマイン」が設立され、太平洋炭礦閉山翌日の2002年1月31日に引き継ぎました。国内唯一の坑内掘石炭生産会社でもあります。

太平洋石炭販売輸送株式会社の臨港線


太平洋石炭販売輸送 石炭輸送列車 posted by (C)あなもりいなり

 国内唯一の石炭専用鉄道です。この運営会社が太平洋炭礦とその後継の釧路コールマインの採掘する石炭の輸送を担当してきました。日本最東端の私鉄・貨物専用線、道内唯一の私鉄でもあります。またここで使われる石炭貨車のセキ6000形は国内唯一。路線は正しくは「太平洋石炭販売輸送臨港線」と呼びます。略称「臨港」「臨鉄」など。

 専用線で両端でプッシュプルする電気式ディーゼル機関車が24両の貨車(合計720t輸送可能)を牽引してゆっくりと走る姿は今でも健在です(ただし運行頻度は減少中)。運行区間は選炭場のある春採駅から貯炭場のある知人駅までの4km。この機関車の中にはアメリカの技術を導入した車両があり、一見すると日本ではなく海外の車両のように感じます。

 1925年にこの区間を持って開業しましたが、その後、両駅間に観月園駅、沼尻駅、米町駅が新設されたほか、春採駅からは現在の東釧路駅を経て城山駅まで、知人駅からは臨港駅を経て入舟駅まで延長開業された時期がありました。全駅営業時の全路線11.44kmは釧路川河口付近から、春採湖や東釧路駅も通って、ほぼぐるっと一周するルートになりました。しかしそれも1963年11月1日に貨物専用線になると廃止されていきました。

 春採駅から海岸の興津まで、別のルートとして資材運搬用の2フィート(軌道間隔610mm)坑外ナローゲージの電気鉄道も一部残され使われていましたし、かつては凸型電車もありました。

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