旅する

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

編集部
Written by 編集部

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

【積丹町】コバルトブルーの海が沖縄の海を想わせる積丹ブルーは、北海道を代表する感動的風景です。積丹ブルーを見るなら、標高の高い場所から見るのが一番ですが、その条件を兼ね備えているのは、積丹三大岬と呼ばれている3ヶ所、神威岬、積丹岬(島武意海岸)、黄金岬です。

そのうち北海道観光のポスターにもたびたび採用される人気観光スポット「神威岬」の楽しみ方をちょっとディープにご紹介しましょう。アイヌ語で「神」を意味する神威岬(かむいみさき)には、積丹ブルーの景観はもちろん、歴史も詰まっています。

片道30分は見ておきたい!先端の神威岩まで歩いてみよう!

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

神威岬は積丹半島の先端に突き出した岬であり、その細長い尾根をたどって先端の神威岩展望台まで散策をすることができます。逆に言えば、先端の神威岩を見るには歩かなければなりませんが、散策ルート両側が既に積丹ブルーですので、飽きることなく先端を目指せます。

▼散策路途中でもこのような積丹ブルー
積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド
積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

駐車場までの道路はゲートがあり、8:00~日没時刻くらいまで開いています。月によって開門時間が変わりますので、早朝や夕方に行かれる場合は注意が必要です。駐車場からは岬先端までは「神威岬自然公園遊歩道チャレンカの小道」と呼ぶ約770mの散策路が整備されています。木製の手すりがアップダウンを繰り返す様は、万里の長城を彷彿とさせます。

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

神威岬へ通じる道路の開門時間
4月 8:00~18:00
5月 8:00~19:00
6月 8:00~19:30
7月 8:00~19:00
8月~10月 8:00~18:30
11月 8:00~17:00
12月~3月 10:00~15:30

散策途中の風景も写真に収めたくなりますし、アップダウンが激しいため、片道30分、売店での休憩も含めて1時間半は見ておきたいところです。それでは、散策路の様子や見どころをパートごとにご紹介しましょう。


積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

1.駐車場~女人禁制の門

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

駐車場からの上り坂。最初に海が見える休憩広場までの直線ルートで、約7分。ここに木製「女人禁制の門」がありますが、昔の話ですので、今では誰でもこの先を行くことができます。

なぜ女人禁制だったの?
なぜ女人禁制なのかの歴史を紐解くと、古くからのある言い伝えが関係しています。かつてアイヌの酋長の娘チャレンカが源義経を慕い神威岬まで追ってきた際、彼がすでに出発した後だったため身を投げて神威岩になったという言い伝えです。この沖合は西蝦夷三険岬の一つとして海難事故が多発する難所であり、女性を乗せた船はチャレンカの怨念で転覆するとの迷信が生まれました。これが神威岬までの一帯が女人禁制にされた理由です(松前藩がここを自由に通らせたくなかったとの説も)。江差追分の中にも「恨みますぞいお神威さまよ、なぜに女の足をとめる」の一説があります。

江戸幕府が蝦夷地を直轄し始めた1855年になると、神威岬以北へも移住民の土着を奨励するようになりました。箱館奉行の梨本弥五郎氏も1856年に宗谷へ赴任することになりましたが、神威岬沖でやはり海が荒れました。この時、梨本氏は銃を発砲したところ、海が穏やかになったといいます。これをきっかけに女人禁制が事実上解除されたのですが、沖合を通過する船に乗った女性は身を隠すなど、しばらくは迷信の影響が残ったそうです。

さて、女人禁制の門を通る際は、その門に掲げられている立札にも注目です。「美味しい岬の空気を吸ってください。健康になります」とあります。健康になれる根拠は不明ですが、美味しい空気をたっぷり吸いながら歩くことが奨励されていますので、是非お試しください。

2.女人禁制の門~念仏トンネルビューポイント

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

女人禁制の門の展望広場からでも十分積丹ブルーが楽しめますが、せっかくなので先端まで目指してみましょう。続いて6分ほど先の「念仏トンネルビューポイント(念仏広場)」を目指します。

念仏トンネルって何?
「念仏トンネル」とは、大正時代に開通した神威岬に通じる旧道トンネルです。かつては神威岬へは北側の海岸をつたっていましたが、クワシリ岬と呼ばれる尖った場所は、断崖絶壁なうえに海岸線は干潮時にしか行けない難所でした。悲しい事故が起きたのは1912年10月29日。神威岬灯台の草薙灯台長夫人、土谷補員夫人と3歳の次男が余別市街地に買出しに行った際、この付近で荒波にさらわれて溺死しました。

そこで地元の人たちは全長60mの低く小さい手掘りトンネルを掘ることを決意、1914年に着工しました。トンネル工事は東西両側から掘り進められたものの、中央部でずれが生じ一時頓挫。それでも念仏を唱え鐘を打ち鳴らし、双方の場所を合図しあうことで工事を再開しました。そのためトンネル内部はかぎ型に折れ曲がっています。

こうして着工から4年後の1918年11月8日に開通。念仏を唱えながら通ると安全との言い伝えもあってか「念仏トンネル」と呼ばれるようになりました。1992年に現在の遊歩道が整備されるまで、神威岬へは片道1時間の旧道ルートが使われていました。

ビューポイントからは念仏トンネルの西側入口が見えますので、見つけてみるのもいいでしょう。垂直に縦長に立つ「水無しの立岩」が目印です。念仏トンネル入口へは遊歩道途中から降りるルートがありましたが、現在は落石危険のため通行禁止となっています。

3.念仏トンネルビューポイント~先端

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

念仏広場を出ると、起伏の激しい約20分の区間となります。アップダウンを繰り返しながら進むと、灯台が近づいてきます。

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

北海道で5番目に古い神威岬灯台
神威岬灯台は明治時代の1888年8月25日に、北海道では5番目の灯台として設置されました。大正時代後期の1923年、昭和中期の1960年に建て替えと機器の改良が行われており、この2度目の建て替えの直後(同年8月末日)に無人化されました。

初点灯から72年間で87名が職員としてここに住み込んで勤務し、住居は灯台横の空き地に建っていました。市街地までは4㎞も険しい道を行かなければならなかったため、雨水を生活水とし、食料品は自給自足、米や調味料など日用品は木船の備船で買出していました。

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド
積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

灯台のすぐ先は岬の先端。標高80mほどの神威岬展望台広場からは、岬の先に続く岩々が見渡せます。これら岩礁の表面積は約500坪もあるそうで、千畳敷とも。その岩々の中で最も存在感があるのが、展望台から北西約40m先にある「神威岩」です。垂直に立つ高さ約40m(胴回り約50m)の岩で、神威岬のシンボル的存在です。その先にある少し大きめの岩は「メノコ岩」と呼びます。

6月になると斜面一帯にエゾカンゾウが咲き誇ります。冬にはオオワシやオジロワシが見られることもあります。また、地球の丸さが実感できるのも、ここならではです。

ちょっと寄り道!戦争遺構もある!

積丹ブルー見るならココ!「神威岬」をディープに楽しむためのガイド

実はこのルートのほかに脇道ルートがあります。ちょっと寄り道してみましょう。女人禁制の門まで戻り、そこから北側に分岐すると、門より小高いところに「電磁広場」があります。電磁台(レーダー、電波探知塔)跡です。

明治時代後期に岬の沖合をロシアの軍艦が出没したことがあり、監視所が設置されたのが始まりです。太平洋戦争時の1940年に、ロシア軍が北海道に上陸する情報を得るため、無線塔一基、レーダー三基を設置する計画を立て、2年後の1942年に完成しました。電磁台はその名残です。

そこから東側に7分ほど進むと、別の展望台があります。角度が違うため、神威岩が遠くに見えます。その後、8分ほどかけて駐車場に戻ります。

散策の後は売店で休憩! 神威岬でしか食べられない青いスイーツを食べて、積丹ブルーを舌でも楽しみましょう。積丹ブルースイーツ(ソフトクリーム・ラムネなど)についてはこちらを参照

強風で歩きにくい場所もあるため服装にも注意

最後にご注意。岬の展望台は高所に位置しています。駐車場から展望台まで歩かなければなりません。体力を意外と消耗しますので、水分を補給できるように飲み物を携行しましょう。

神威岬は起伏も激しく、急な階段、鉄格子状の歩道になっている個所が数か所あります。以上の理由から、ヒールを履いていくことはお勧めしません。また、神威岬は強風であることでも知られています。風で飛ぶようなものの装着、風でめくれるものの着用は避けるほうが無難です。以上の点に留意し、積丹ブルー観光をお楽しみください。

モデル:国沢有咲

筆者について

編集部

編集部

北海道ファンマガジン編集部。編集部スタッフが取材執筆した記事や、名前を出さないライターの記事、寄稿記事の掲載の際にもこのアカウントが使われます。