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サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

編集部
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サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

【滝川市】滝川市東部の丘陵地帯「丸加高原」。春には周辺の菜の花畑が見ごろを迎えて黄色に染め上げ、秋にはコスモスが咲き誇る、景観の美しい観光スポットとして知られています。特に中核施設「丸加高原伝習館」からさらに奥に進んだ先にある「丸加高原展望台」からは、中空知の田園地帯やピンネシリを望みます。

そんな展望台近くには、石造りサイロが建っています。展望台から少し下ったところにあるので、実はここからの眺望もなかなかのものです。しかも、中に入って登ることができるようになっているのです。

羊の飼料を保存しておくために使われた「牧羊用石造サイロ」

サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

「牧羊用石造サイロ」として紹介されるサイロは、冬季用に羊用の飼料を保存しておくためのものとして、大正後期の1923年9月13日に滝川種羊場(後に北海道立滝川畜産試験場、東滝川735番地65)に建築されました。石組みの一部が虚弱となりサイレージ用として使用不能となった1972年まで約60年間、風雪に耐え現役で使われました(代替として翌年に第3サイロ新築)。

高さは11.514m、うち石造り部分は9.09m、円錐型の銅板葺屋根は2.424m、直径5.454m、内径は4.848m、サイレージ最大保存容量は100t。札幌軟石造りの壁面が重厚感を醸し出すサイロで、建築当時は「第一サイロ」との名称でした。

前述の通りもともと別の場所に設置されていましたが、1982年6月26日に滝川市文化財第6号に指定されるのを機に、現在の丸加高原の高台(江部乙町3972番地)に移設され、内部に頂上までの螺旋階段と、頂上の円錐型屋根にある出窓まで展望用階段が備え付けられました。移転先としては南滝の川108番地3が候補となっていたようですが、立地不適当と判断され現在地に変更された経緯があります。移設にあたり、玄関口となる作業小屋は奥行きが一間半から一間に縮小されました。

サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

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螺旋階段で頂上まで登って展望!

サイロ前には東屋が設置され、そのすぐ横にサイロが聳えたちます。正面には、円筒型のサイロに付属する形で木造玄関口があります。サイロ内部は吹き抜け状態。螺旋階段が設けられており、頂上まで登っていくことができます。サイロの屋根裏ってどうなっているの?という疑問もここならすぐ解決です。

サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」
サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

頂上の屋根部分には展望用の小さな出窓が設けられています。南側の出窓からは丸加高原が一望でき、北側の小窓からは、音江山、沖里河山、イルムケップ山といった700~800m級の山々が見られます。その構造上、窓が小さく視界が狭くなるのが難点ですが、サイロの頂上から展望するという経験はなかなかできないものです。

サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」
サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

途中にはフロアが設けられており、サイロの設計図が展示されているほか、主に石狩地方に残されている石造サイロの写真も展示されています。また、種羊馬の歌、緬羊音頭の楽譜まで展示されており、滝川と牧羊の関わり深い歴史を紐解くことができます。

サイロに登って丸加高原を展望するという裏技!「牧羊用石造サイロ」

サイロ移設時、ときの滝川市長は「地元滝川はもとより全道にわたって北方農業の指針となり先駆的役割を果たしたサイロで、残り少なくなった石造サイロの価値観とともに、まさに綿羊のまち滝川にとって記念碑ともいうべき存在」とメッセージを寄せています。

羊と深いかかわりを持つ滝川。その歴史を感じる数少ない石造サイロ。しかも内部に入って登ることができる貴重なサイロ。丸加高原展望台に行った後に立ち寄り、サイロ頂上からの眺望も楽しんでください。

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