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1855年創業の甘納豆の老舗が なぜ本別町へ?「岡女堂」の歴史と今

北海道の本別町といえば、古くから豆の産地として知られています。そんな本別町に、遠く神戸市から移転してきたのが、甘納豆の老舗・岡女堂です。会社がまるまる移転してしまったという経緯もユニークなら、豆ドームや神社といった会社にまつわるあれこれもまたユニーク。もちろん、商品はどれも絶品! そんな岡女堂について、ご紹介しましょう。

どうして神戸から本別へ?

岡女堂の創業は、1855(安政2)年。実に150年以上もの歴史を持つこの老舗が、大きな転機を迎えたのは1980年代後半のことでした。北海道は本別町で、岡女堂を町に誘致しようという動きが起こったのです。

もともと本別は、豆王国とも称される、豆づくりの盛んな町。「岡女堂さんの工場を本別に建てる勝手連」通称「勝手連」という町おこしグループもでき、その熱意によって、とうとう工場の全面移転が決定しました。

▼工場移転に伴い、なんと駅まで!
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▼岡女堂駅開業時の様子(提供写真)
1855年創業の甘納豆の老舗が なぜ本別町へ?「岡女堂」の歴史と今

岡女堂の工場がすべて本別町に移転し終えたのは、1991(平成3)年のことでした。移転に伴い、1995(平成7)年には、なんと工場に最寄りの駅までつくってしまいました。現在では廃線となってしまったふるさと銀河線の岡女堂駅ですが、今でも駅舎やプラットホームなど、その名残を見ることができます。

▼ふるさと銀河線沿線に鬼を登場させるなど、地域を盛り上げるためさまざまな取り組みを行ってきた(提供写真)
1855年創業の甘納豆の老舗が なぜ本別町へ?「岡女堂」の歴史と今
1855年創業の甘納豆の老舗が なぜ本別町へ?「岡女堂」の歴史と今

▼商品を手にニッコリ微笑む、現社長の鈴木真智雄さん
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その後、会社の経営はさまざまな紆余曲折を経て、現在は「合同会社豆屋とかち」が経営を受け継ぎ、その味とブランドをしっかりと守り続けています。

コレクションを見学して、豆神社にも参拝!

さて、岡女堂駅の近くには、一寸法師のモデルと言われる少彦名神をまつった小さな神社があります。その名も、豆神社。

▼ぜひ詣でてほしいパワースポット
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また、店舗と工場のある敷地内には、豆ドームなる建物も。

▼レンガ調の趣のある建物
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中に入ってビックリ! 150点以上ものおかめコレクションが出迎えてくれます。

▼おそらく日本一の大きさを誇る、迫力のおかめも
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いかにも岡女堂らしい、ユニークな神社やコレクションに触れるのも楽しいひとときですが、やはりここを訪れるいちばんの目的といえば、バラエティ豊かな豆商品です。

▼たくさんの自慢の商品が並ぶ店内
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工場併設の店舗は広々として、買い物をするのもとても気持ちのいい空間です。商品は甘納豆をはじめ、おつまみにもなる素焼き豆、豆羊羹、豆のお茶など、豆に関するあらゆる商品が揃っています。

▼初めて知る豆菓子も多く、目移りしそう
1855年創業の甘納豆の老舗が なぜ本別町へ?「岡女堂」の歴史と今

甘納豆の詰め合わせなどもあり、ご進物として購入していくお客さんも多いのだとか。言うまでもなく、豆は健康食。種類も豊富で、昔から日本の食文化には欠かせないものでした。そんな豆を世界に誇るトップブランドにまで育てた本別町の大地と、甘納豆の老舗である岡女堂が出会ったのは、もはや運命だったのかもしれません。

十勝を訪れる際には、本別町の岡女堂もプランに入れてみてはどうでしょう。楽しくておいしい観光スポットを発見できますよ。

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合同会社 豆屋とかち 岡女堂本家
所在地:北海道中川郡本別町共栄18番地8
電話:0156-22-5981
公式サイト

筆者について

石簾マサ

石簾マサ

すべてのしがらみを捨て札幌で永住するぞ……と移住してきた50代のおっさんライター。札幌楽し~い。移住者が見た札幌の楽しさ・良さを伝えていければ……と思っております。【編集部専属ライター】