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駅逓所、簡易軌道、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する別海町奥行臼

北海道独特の駅逓所(えきていじょ)、簡易軌道停留所、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する珍しい場所が根室管内別海町にあります。それが、奥行臼(おくゆきうす)、現在の奥行(おくゆき)です。

国指定史跡・北海道指定有形文化財「旧奥行臼駅逓所」、別海町指定文化財である「旧国鉄奥行臼駅」および「旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所」がすべて徒歩圏内にあります。特に「旧奥行臼駅逓所」は保存修理を行い、2019年5月1日に一般公開再開となったばかり。それぞれどのような交通遺産なのか、ご紹介します。

奥行臼(おくゆきうす)改め奥行(おくゆき)

奥行臼は、アイヌ語の「ウコイキウㇱイ」つまり「戦うところ」が語源。根室ポロモシリアイヌと厚岸アイヌが戦った場所であることにちなみます。漢字は「奥行臼」があてられ、1972年に「臼」が省略され、現在は「奥行」と表記されます。

奥行臼の中心地は、別海町の南東部、国道243号と244号、および道道930号線の交点近くに位置しており、今回紹介する3つの交通遺産もここに集中しています。名称もすべて当時の「奥行臼」が付されています。

▼奥行臼の3つの交通遺産の位置関係(国土地理院1974年航空写真をもとに作図)。現在は建物がほとんど残っていない
駅逓所、簡易軌道、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する別海町奥行臼

奥行臼の3つの交通遺産の中でも最も古いのは、明治の開拓時代に開設された奥行臼駅逓所。昭和初期に旧国鉄標津線奥行臼駅が開設され、7年ほどで廃止された旧別海村営軌道奥行臼停留所が続きます。

3つの棟で構成される旧奥行臼駅逓所

駅逓所、簡易軌道、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する別海町奥行臼

駅逓所とは、明治の開拓時代に道内各地に設置された施設で、交通不便の地に駅舎と人馬等を備えて、物資の逓送や宿泊等に便宜を図る目的がありました。別海町には9つの駅逓所がありましたが、旧奥行臼駅逓所が現存唯一の駅逓です。

1910年10月9日、新潟県生まれで牧畜業と薪炭業を営んでいた山崎藤次郎を駅逓取扱人として、自宅を駅舎にして開設されました。主屋は北棟、中央棟・南棟の2つに区分されます。現在の道道はカーブしていますが、浜中旧道に至る道路は建築当時、建物の角度に沿うかたちで直線に敷かれていました。

北棟は駅逓所時代(1910~1930年)の1920年に建設されました。土台や柱に大きな断面の木材を使って組み上げた室の高い造りで、柾葺屋根と棟飾りが特徴的です。

駅逓所としては1930年に廃止されましたが、その後は山卜山崎旅館として営業しました(1930~1970年)。駅逓所時代よりも賑わったと言われています。南棟と中央棟は、その旅館時代の1941年に、既存の建物を大きく改造して建設されました。屋根は鉄板葺で、正面側に良質な材料を使い、茶の間においては竹レールと陶器すべりが敷かれていました。

増改築されてきた木造一部2階建ての建物は、老朽化のため2016年~2018年にかけて、保存修理工事が行われました。北棟は戸袋や雨戸、柾葺屋根や棟飾りを復原したほか、ジャッキアップを含む半解体修理により駅逓所時代の姿に戻されました。中央棟と南棟は破損が大きかったため、すべての部材を解体して再度組み上げる解体修理が行われました。修理後は北棟とそれ以外とでは外壁の色が異なっているのは、時代背景が違うから。

現在は全体として、客室は北棟二階3部屋を含む8部屋(そのほかに布団部屋)、茶の間、仏間、居間や台所、使用人室や事務所、南棟の二階に和室が2部屋あります。

▼館内の様子
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▼階段は斜度が急で手すりがないので昇降時に注意。かつて二階で宴会を開いた際には、お客が何度も転落しているという
駅逓所、簡易軌道、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する別海町奥行臼

館内では、この修理工事の様子が紹介されている他、土地200坪・馬200頭を抱える大牧場に成長させた山卜山崎牧場の書類や馬具等、調理器具や食器類も展示されています。

この建物は、1982年に別海町指定文化財、1994年6月3日に附属施設の倉庫1棟・馬小屋2棟とともに北海道有形文化財に指定。2011年9月21日には国の史跡に指定されました。

▼倉庫や馬小屋も
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なお、当地はNHKドラマ『放送80周年記念 橋田壽賀子ドラマ ハルとナツ 届かなかった手紙』(2005年)、『エトロフ遥かなり』(1993年)のロケ地に使われました。そのロケセットが主屋の裏手に残されています。また、ロケの際、南棟の居間や台所の壁が黒色ペンキで塗られていましたが、復元工事の際にもとに戻されました。

旧国鉄標津線が敷かれ、奥行臼駅が設置される

駅逓所、簡易軌道、国鉄駅の3つの交通遺産が集中する別海町奥行臼

昭和に入ると、国鉄根室本線厚床駅から別海、中標津、標津までを結ぶ標津線が誕生しました。その中間駅として奥行臼駅が1933年12月1日に開業。島式ながら1面1線のホームは、駅舎から線路を横断して連絡していました。また、中標津寄りには貨物ホームがあり、1980年まで貨物取扱が行われていました。標津線は1989年4月30日に廃止され、同時に奥行臼駅も廃止されました。

▼駅舎内の様子
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その木造駅舎は開業当初のもので、旧標津線で唯一残っています。駅舎内には運賃表や時刻表が掲示されています。駅舎のほか、詰所や線路は廃止時のまま保存されていますが、側線を復元しています。駅舎・ホーム・詰所は別海町有形文化財に指定されています。

▼ホームの様子
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約7年で廃止された旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所

前述の国鉄標津線が開業するよりも前、厚床駅から中標津まで馬力の殖民軌道根室線が開通していました。しかし、1933年の標津線開通により、並行する風蓮から終着の中標津までを廃止、5年後には風蓮から西に延伸、上風蓮まで約8kmが開業しました(これにより厚床―上風蓮間15.1km)。

▼旧別海村営軌道風蓮線の路線図
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1953年には北海道と別海村(当時)が管理協定を結んで運行。しばらくの間この路線で営業していましたが、1960~1963年に北海道開発局が機関車や自走客車を導入するために軌道を強化。これに伴い、国鉄駅との接続を根室本線厚床駅から標津線奥行臼駅に変更することになりました。奥行臼に殖民軌道がやってきたのは、こういう背景がありました。

路線は1963年12月17日、奥行臼から上風蓮小学校前まで9.8kmが開通。翌年10月には村役場上風蓮出張所まで延伸されました(奥行臼―上風蓮間13.2km、12停留所)。主な目的は牛乳の輸送。1日に客車3往復、貨物(混合列車)1往復が運行されていました。

しかし、7年後の1971年1月19日、ロータリー車の除雪ができないことを理由に以降運休。同年4月1日、道路網の整備や国からの補助金打ち切りにより全線が正式に廃止されました。最後の運行は同年6月30日。簡易軌道愛護組合解散総会にあわせて、町制施行したばかりの別海町長や地元の人が自走客車に乗車し、奥行臼―上風蓮間をさよなら運行されました。

奥行臼停留所跡には、停留所前にあった待合室兼職員住宅跡、762mmの軌道跡にはオレンジ色の8t自走客車(レールバス)、グリーンの6tディーゼル(内燃)機関車、牛乳運搬(ミルクゴンドラ)車が静態保存されています。

▼8t自走客車
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8t自走客車(気動車)は釧路製作所製と泰和車両工業製の2両が在籍。保存車両は1963年11月に釧路製作所で製造されたKSC-8・製造番号304、エンジンはバス用の日野DS22を搭載し、定員は60名でした。

▼6tディーゼル機関車とミルクゴンドラ車
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6tディーゼル機関車(内燃機関車)は、釧路製作所製と加藤製作所製の2両があり、ミルクゴンドラ車やステンレスミルクタンク車を牽引していました。保存車両は1962年6月加藤製作所製で、トラック用の三菱ふそうKE-21のエンジンを搭載していました。

ミルクゴンドラ車は、各農家から集めた集乳缶を運ぶための2軸ボギー木製無蓋貨車で、釧路製作所製。終着の上風蓮に集乳工場があり、ミルクを積み込んだタンク車が簡易軌道で奥行臼まで輸送。奥行臼停留所のクレーン設備でタンクをトラックに積み替える方式をとっていました。

▼転車台も残っている
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停留所の上風蓮側で分岐して職員住宅横にあった車両基地には、3線式大型機関庫、転車台、修理倉庫、トラックにタンカーを積むミルクタンカー積換設備があり、転車台や大型機関庫が現存しています。

停留所横の道路(現在の道道)には手動式踏切があり、軌道が国鉄奥行臼駅方面に続いていました。軌道は大きくカーブして国鉄駅舎前を横切り、国鉄の貨物集積スペースにつながっていました。

▼職員住宅跡と内部の様子
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なお、職員住宅跡内には、旧別海村営軌道に関する写真パネル資料、乗車券、奥行臼停留所のジオラマが展示されています。

▼奥行臼停留所周辺の様子がわかるジオラマ
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以上、奥行臼の3つの交通遺産を紹介しました。冬季は館内を見ることができないので、春から秋の間に訪れることをおすすめします。案内スタッフは旧奥行臼駅逓所にのみ常駐していますので、最初に駅逓所に行くと良いでしょう。

旧奥行臼駅逓所
所在地:野付郡別海町奥行15番地12
建物内部公開時間:10時~16時半(建物内部以外はいつでも自由に観覧可能)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、11月4日~4月30日
入館料:無料
旧国鉄奥行臼駅
所在地:野付郡別海町奥行16番地29
旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所
所在地:野付郡別海町奥行15番地55

筆者について

編集部

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