道内唯一!完全バリアフリーのホテル「あすなろ」が道南・乙部町に

「バリアフリーのホテル」と聞くと、どんなことを想像されるでしょうか。床に段差がない・車椅子でも入れるトイレがあることなどを挙げる方が多いかもしれませんが、ほとんどの宿泊施設では館内の一部のフロア、一部の部屋がそうなっているのが現状です。

そのような中、道南の小さな町である乙部町に「完全バリアフリー」を謳うホテルがあります。今回はその「バリアフリーホテルあすなろ」に宿泊して、施設長の角花千都子さんにお話を伺うことができました。

どんな方でも気兼ねなく宿泊できるホテルを

同ホテルは、江差町を中心にグループホームなど計41施設を有する社会福祉法人・江差福祉会が運営しています。ホテルはもともと化粧品会社が建設し営業していましたが、 2014年2月をもって閉館。乙部町からホテル運営の打診を受けた同法人が、建物を改装して2015年4月から営業を始めました。

社会福祉法人として旅行で各地に出かけた際に、障がいのある方への宿泊施設の対応がネックになる場合が何度もあったそうで、そのような利用者側としての経験から、「どんな方でも気兼ねなく宿泊できるホテルを造りたい」という理事長の想いが形になった施設とのことです。

その想いを実現するため、建物の形こそ以前と変わらないものの、館内はほぼ作り直されたと言ってもよいほど手が加えられました。それだけではなく、初めてのホテル経営で経験者がほとんどいなかったため、札幌市内にある大手ホテルのスタッフに研修等のさまざまな分野でサポートを受けながら開業に至ったということです。簡単な道のりではなかったことが容易に想像できます。

このホテルを「完全バリアフリー」と呼べる理由は2つ。(1) ハード面(設備)でのバリアフリーと (2)ソフト面(スタッフ)でのバリアフリーの両方を実現しているところにあります。

(1) ハード面で徹底―車椅子のまま内風呂・露天風呂・サウナへ

まずハード面でのバリアフリーについては、書ききれないほどに徹底されています。館内は全面改装によってフロント・ロビー、レストラン、大浴場、客室に至るまですべてが車椅子で移動できる段差のない造りになっています。

▼レストラン

車椅子を使用している方への細やかな配慮は床材にも。毛足の長い床材は車椅子のタイヤに絡んで移動しにくくなるため、廊下の床にはタイヤの動きに干渉しにくい硬質タイルカーペットが使われています。

▼廊下には硬質タイルカーペット。なお館内のトイレはオストメイト対応

客室はカードキーで入室できますが、一般的なホテルのようなカードを差し込むタイプではなく、カードをかざすと開く自動ドアタイプです。ドアの開閉は通常の自動ドアに比べてゆっくりで、その間部屋の中が見えてしまう難点はありますが、車椅子で部屋を出入りする際にかかる時間まで考慮された非常に親切な造りとなっています。

▼客室は全室自動ドアとなっている

客室は洋室のみで、全ての客室に1台の電動リクライニングベッドが用意されています(2台の部屋もあり)。

▼リクライニングベッドは全室に設置されている

ベッド以外のスペースにも十分な余裕があります。例えば、もともとバストイレだったスペースはユニットバスが撤去されてトイレだけになり、車椅子でターンできる広さとなりました。当然ながら手すりなども設置されています。

▼ユニットバスが撤去され広々とした客室のトイレ

一階にある大浴場は、脱衣場から露天風呂に至るまでフラットフロアで、入浴用の車椅子(1台はリクライニング付き)まで用意されています。

▼車いすのまま利用できる使いやすい洗い場

▼入浴用車いすとシャワーチェアー

浴室に入ってまず驚くのは、洗い場の高さが一般的な浴室のものよりも随分高いところです。入浴用の車椅子をお借りして洗い場に行くと、座ったままで使えるように高さがぴったり。お風呂用の椅子も座面が高いものを特注したとのことで、前かがみになって使うことがないため、健常者にとっても非常に使いやすくなっていました。

▼内風呂のスロープ付き温泉浴槽。大浴場は女湯の方が広いそう

内風呂には3つの温泉浴槽がありますが、一番大きな浴槽がスロープ付になっており、車椅子のままで入浴することができます。リクライニング機能を使えば、胸の高さくらいまではお湯に浸かることができるとのことです。

▼新設された露天風呂エリア。奥に見えるのはフィンランドサウナ

化粧品会社の運営時代は内風呂しかなかったため、露天風呂エリアは新設されました。そちらに足を運ぶと、温泉浴槽のほかに北海道では唯一の海水を使用した「タラソテラピー泉」、フィンランドサウナなどがあります。温泉浴槽はスロープ付、サウナにも車椅子で入ることができ、奥ある広いスペースではのんびり涼むことができます。

▼スロープ付き露天風呂

筆者は車椅子のままで内風呂・露天風呂・サウナのいずれも入ることができる施設を道内で他に見たことがなく、施設長も「北海道ではここだけ、全国的にもほとんどないでしょう」とおっしゃっていました。健常者の方と同じように温泉が楽しめるよう、最大限の配慮がなされているのを感じました。

家族で一緒に入りたいという方のために入浴用ストレッチャー付きの家族風呂もありますが(要予約)、車椅子を使う宿泊者のほとんどが大浴場に入られるそうで、特に「露天風呂に入ることができて良かった!」という声が多いとのことです。

▼入浴ストレッチャー付き家族風呂

使用しているお湯は、乙部町自慢の館浦温泉。泉質は「ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉」で、保温効果とともに肌に潤いを与えたりクレンジング効果が期待できる美肌成分をたっぷり含んでいます。鉄分を含むため茶色く濁っていて、視覚的にも温泉気分を高めてくれるでしょう。

温泉にこだわる方のために加水のみのかけ流し浴槽もありますが、スロープ付きの浴槽はいずれも循環ろ過をしています。力強い源泉そのままのお湯に比べて少しマイルドな印象になっていますが、館浦温泉らしさは十分に感じることができますし、車椅子で浴槽内をゆっくり移動する方がいることを考えると、優しいお湯になっていることのメリットの方が大きいでしょう。

浴室は毎日湯抜き清掃が行われていて、清潔感も十分。気持ちよく利用することができます。

(2) ソフト面でも充実―障がい者が障がい者をおもてなし

こちらのホテルを特別な存在にしているのは、単純に設備の面でバリアフリー・ユニバーサルデザインであるというだけに留まらず、社会福祉法人としての経験と人材を生かしてソフト面での充実を図っているという点にあります。

ホテルには身体介護や入浴介助の資格を持つ方がスタッフとして働いています。入浴介助ができるスタッフは男女各2名おり、例えばご夫婦で来られて「大浴場に入りたいけれど、(異性の)パートナーのサポートができない」といった場合、介助が必要なお客さんと同性のスタッフがサポートするので、安心して温泉を楽しむことができます。

また、このホテル自体が「就労継続支援A型事業所」となっており、オープン時からずっと20名の障がい者がさまざまな部署でスタッフとして働いています。そういった意味で「障がい者が障がい者をおもてなしする」ホテルでもあり、それぞれが各部署でスタッフとして勤務している姿が印象に残りました。

▼夕食は広東料理。一品づつ運んでくださるのは障がい者スタッフ

宿泊施設にとって人材の確保は大きな課題になることが多いのですが、一つの仕事ができるようになったら「さらに新しい仕事を覚えたい」と申し出るような意欲があるスタッフが多く、「障がい者スタッフは頼もしい存在です」と施設長が嬉しそうに話しておられました。

宿泊者皆に優しいホテルで快適なひと時を

道内では道東に同じようなコンセプトでユニバーサルデザインを取り入れた宿が1軒ありますが、ハード・ソフトの両面でバリアフリーを実現している温泉ホテルは北海道内でここ1軒だけでしょう。そのため宿泊客全体の5割近くが車椅子の方や障がいのある方で、モニターツアーや研修での利用も多いというお話に納得しました。

道南の乙部町という小さな町に行くのは少しハードルが高いと感じるかもしれませんが、事前予約すれば新函館北斗駅・函館駅・木古内駅から無料送迎があり、札幌からでも本州からでも公共交通機関を利用して行くことが可能です。

障がいのある方でも楽しむことができるように造りかえられた「バリアフリーホテルあすなろ」は、宿泊者皆に優しいホテルでした。

超高齢化社会になりつつある日本で、こういった宿泊施設の存在感は今後さらに高まっていくことでしょう。日帰り入浴も行なっていますが、是非宿泊して楽しんでいただきたいと思うホテルです。

バリアフリーホテルあすなろ
所在地:爾志郡乙部町字館浦494-1
電話:0139-62-3344
FAX:0139-62-3333
ホームページ
チェックイン14:00 チェックアウト10:00
日帰り入浴 15:00〜20:00 大人800円