江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

本州の数百年・あるは千年以上続く歴史ある温泉には及ばないものの、北海道にも開湯から100年以上も時を紡ぎながら営業を続けている温泉地が各地にあります。そんな温泉を訪ねるシリーズ、第一弾として七飯町にある東大沼温泉「留の湯」を取材してきました。

※2020年9月28日までで宿泊営業終了、以降は日帰り入浴のみとし、11月8日で閉館することが発表されました。

文献を遡って調べてみました

▼『蝦夷巡覧筆記』(国立公文書館所蔵)。右ページ中央に「留ノ湯」と書かれている

北海道に関する古い文献を調べてゆくと、道南の記録の中に留の湯が時折登場します。

公開できるもので最も古いのは写真の『蝦夷巡覧筆記』(寛政9年/1797年)。写真は国立公文書館所蔵のものですが、大野町(現北斗市)市渡から大沼へ通じる峠道についての説明の中で、「峠を越えて右手に留の湯へ通じる道がある」と書かれています。写真がないため、今から200年以上前にどんな姿だったかを知ることはできませんが、その頃には既に存在し知られていた温泉だったことは驚きです。

▼留の湯で掲示されている駒ヶ岳噴火の記録

そして、留の湯を語る上で欠かせないのは、道南を代表する活火山である駒ケ岳の存在でしょう。

今世紀に入っても小規模噴火や地震が続く駒ケ岳ですが、記録に残る最初の噴火は1640(寛永17)年。その後何度かの小噴火を繰り返し、1856(安政3)年8月26日に2度目の大噴火が起こりました。1937(昭和12)年発行の『駒ケ岳爆発災害誌』には、安政の大噴火について「正午頃に至り噴火し、東南の山麓に焼熱の灰砂夥しく(おびただしく)降下し、川を堰き、谷を埋め、留ノ湯附近にては、積ること深き所三丈(約9-10メートル)に及んだ。住民、浴客橋下に逃避し、僅に身を以て逃れたが尚死者二十二名を出した」と書かれていて、留の湯も噴火による火砕流の被害を受けたことが記録されています。

安政時代以降は噴火による大きな被害はないようですが、駒ケ岳は風光明媚な風景をつくり人に恵みを与える一方で、時に荒々しくその力を見せつけており、留の湯もその度に影響を受けてきました。

現在まで続く宿の形になったのは1876(明治9)年。途中で経営者が変わっていますが、現在も「旅館留の湯」として営業しています。実は3年ほどの間、宿泊をお休みして日帰り入浴のみの営業をしていましたが、館内エントランス部分と浴室1カ所をリニューアルしたうえで昨年(2017年)の夏から素泊まりのみの宿泊を、11月からは朝食付きでの宿泊を再開し、留の湯ファンに非常に喜ばれています。

▼施設外観

温泉は館内4カ所! 貸切露天も!

そんな留の湯でまず注目したいのは、やはり江戸時代から湧き続ける温泉でしょう。現在は敷地内に4カ所のお風呂があり、そのうち2カ所は貸切で利用可能です。それぞれ入浴時間が違うためどんな順番で入るかを考えるのが楽しいだけではなく、4カ所の湯船で使っている源泉が全て別で、シャワーのお湯まで温泉ということで、温泉ファンなら絶対に4つのお風呂全部に入りたいと思うはずです。

その4つのお風呂を、順に紹介しましょう。

公衆浴場

昨年の11月に全面リニューアルされたばかりの新しい浴室です。内風呂1つのシンプルなレイアウトは以前と変わっていませんが、非常に綺麗で広々とした湯殿で気持ちよく利用できます。

宿泊者は7:00〜20:00まで利用可能。日帰り入浴は9:00〜20:00で、入浴料は400円です。

安政の湯

明治に建てられた留の湯時代からここにお風呂がありました。その時のままではありませんが、現在の4カ所のお風呂の中では最も時を重ねてきた浴室です。江戸時代から自然湧出し続けている由緒あるお湯で、脱衣場から湯船に至るまで全てが歴史を感じる造りとなっています。

宿泊者は翌朝9:00まで夜通し入浴できます。日帰り入浴は9:00〜20:00で入浴料は500円です。(毎週火曜日は清掃日のため、お湯が溜まるまでは入ることができません。)

貸切露天風呂

留の湯唯一の露天風呂は、建物から出て道路を渡った向かい側にあります。宿泊を休止していた期間には閉鎖されていましたが、宿泊の再開に伴い貸切露天風呂として再び使用できるようになりました。

夜10時に消灯されますが、宿泊者は翌朝7:00から9:00までの間も入ることができます。

日帰りでの利用は1人1時間1200円(前日までに要予約)。洗い場がないため、公衆浴場か安政の湯に先に入って体を洗ってから露天風呂に移動する形をとっており、結果として2カ所に入ることができます。

なお、冬の間は温度が下がるのを防ぐため湯船にフタがされていて、それを外す必要があります。

貸切利用のため、宿泊者も日中は必ずスタッフへ連絡を。スタッフがいない時間は宿泊客同士声をかけて譲り合いで。それも温泉宿らしい過ごし方ではないかと思います。

宿泊者専用浴室・新泉の湯

宿泊棟にある男女別の内風呂で、客室から最も近く、宿泊者は24時間入浴できます。基本的に男女別ですが、スタッフへお伝えすることで貸切利用も可能です。

日帰りでの利用は、貸切利用のみ。1室2000円(3名まで)となっています。お客さんの到着時間に合わせて湯船にお湯を入れるため、事前予約は必須となっています。

このように4カ所とも日帰りで利用可能なのですが、それぞれに必要な入浴料や入浴可能時間のバランスを考えると、宿泊して全てのお風呂を巡るのが断然おすすめです。

この4つのお風呂とシャワー用の温泉すべて泉質名は「単純温泉」ですが、同じ敷地内から湧き出すお湯であっても、全く同じではないのが温泉の深いところ。入り比べるとわずかな肌感覚の違いや、お湯によって発汗の速さに差があるなど、泉質名ほど単純ではない面白さを是非感じてみてください。

温泉だけではない留の湯の魅力

▼朝食

宿泊プランは素泊まりと朝食付きの2通り。そのため夕食は各自で済ます必要がありますが、宿でいただく食事は大きな楽しみの一つです。お膳で運ばれてくる朝食は温泉宿では定番の朝メニューという印象ですが、お米が美味しくてついつい箸が進みます。女将さんは「お水が美味しいので、炊き上がるお米も美味しくなる」と話しておられましたが、その話にも納得の朝食でした。

また、往来の激しい道路が近くにないため館内は非常に静かです。日帰り入浴が終わった後の夜の時間は特にその静けさが際立ち、1泊でも湯治気分に浸ることができます。携帯電話の電波は届いていますし、館内にはWi-Fiも用意されていますが、滞在中はあえてデジタルデトックスをして江戸時代の留の湯に思いを馳せながらお湯に浸かる以外に何もしない贅沢な時間を過ごすこともできるでしょう。

▼客室

時間にもよりますが、館内エントランス部分にはかわいい温泉猫がゴロゴロしていることも。そんな一つ一つの要素が積み重なる、留の湯独特の雰囲気を楽しんでいただきたいと思います。

肌でしっかりと良さを感じるかけ流しのお湯ではあるものの、基本的には優しい温泉で、成分の面でも温度の面でもお子さんからお年寄りまで安心して入ることができるのもポイントです。前述の通り館内2カ所の浴室は貸切利用ができますので、家族みんなで一緒に昔ながらの温泉を楽しむことができます。

もちろん、一人旅でも宿泊可能。北海道屈指の歴史ある温泉宿は、良い温泉に恵まれた皆に優しい温泉でした。

東大沼温泉 旅館留の湯
所在地:北海道亀田郡七飯町字東大沼42
電話:0138-67-3345
FAX:0138-67-3682
公式サイト