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江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

本州の数百年・あるは千年以上続く歴史ある温泉には及ばないものの、北海道にも開湯から100年以上も時を紡ぎながら営業を続けている温泉地が各地にあります。そんな温泉を訪ねるシリーズ、第一弾として七飯町にある東大沼温泉「留の湯」を取材してきました。

文献を遡って調べてみました

▼『蝦夷巡覧筆記』(国立公文書館所蔵)。右ページ中央に「留ノ湯」と書かれている
江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

北海道に関する古い文献を調べてゆくと、道南の記録の中に留の湯が時折登場します。

公開できるもので最も古いのは写真の『蝦夷巡覧筆記』(寛政9年/1797年)。写真は国立公文書館所蔵のものですが、大野町(現北斗市)市渡から大沼へ通じる峠道についての説明の中で、「峠を越えて右手に留の湯へ通じる道がある」と書かれています。写真がないため、今から200年以上前にどんな姿だったかを知ることはできませんが、その頃には既に存在し知られていた温泉だったことは驚きです。

▼留の湯で掲示されている駒ヶ岳噴火の記録
江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

そして、留の湯を語る上で欠かせないのは、道南を代表する活火山である駒ケ岳の存在でしょう。

今世紀に入っても小規模噴火や地震が続く駒ケ岳ですが、記録に残る最初の噴火は1640(寛永17)年。その後何度かの小噴火を繰り返し、1856(安政3)年8月26日に2度目の大噴火が起こりました。1937(昭和12)年発行の『駒ケ岳爆発災害誌』には、安政の大噴火について「正午頃に至り噴火し、東南の山麓に焼熱の灰砂夥しく(おびただしく)降下し、川を堰き、谷を埋め、留ノ湯附近にては、積ること深き所三丈(約9-10メートル)に及んだ。住民、浴客橋下に逃避し、僅に身を以て逃れたが尚死者二十二名を出した」と書かれていて、留の湯も噴火による火砕流の被害を受けたことが記録されています。

安政時代以降は噴火による大きな被害はないようですが、駒ケ岳は風光明媚な風景をつくり人に恵みを与える一方で、時に荒々しくその力を見せつけており、留の湯もその度に影響を受けてきました。

現在まで続く宿の形になったのは1876(明治9)年。途中で経営者が変わっていますが、現在も「旅館留の湯」として営業しています。実は3年ほどの間、宿泊をお休みして日帰り入浴のみの営業をしていましたが、館内エントランス部分と浴室1カ所をリニューアルしたうえで昨年(2017年)の夏から素泊まりのみの宿泊を、11月からは朝食付きでの宿泊を再開し、留の湯ファンに非常に喜ばれています。

▼施設外観
江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

温泉は館内4カ所! 貸切露天も!

そんな留の湯でまず注目したいのは、やはり江戸時代から湧き続ける温泉でしょう。現在は敷地内に4カ所のお風呂があり、そのうち2カ所は貸切で利用可能です。それぞれ入浴時間が違うためどんな順番で入るかを考えるのが楽しいだけではなく、4カ所の湯船で使っている源泉が全て別で、シャワーのお湯まで温泉ということで、温泉ファンなら絶対に4つのお風呂全部に入りたいと思うはずです。

その4つのお風呂を、順に紹介しましょう。

公衆浴場

江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

昨年の11月に全面リニューアルされたばかりの新しい浴室です。内風呂1つのシンプルなレイアウトは以前と変わっていませんが、非常に綺麗で広々とした湯殿で気持ちよく利用できます。

宿泊者は7:00〜20:00まで利用可能。日帰り入浴は9:00〜20:00で、入浴料は400円です。

安政の湯

江戸時代から続く温泉ワンダーランド―七飯町東大沼温泉「留の湯」

明治に建てられた留の湯時代からここにお風呂がありました。その時のままではありませんが、現在の4カ所のお風呂の中では最も時を重ねてきた浴室です。江戸時代から自然湧出し続けている由緒あるお湯で、脱衣場から湯船に至るまで全てが歴史を感じる造りとなっています。

宿泊者は翌朝9:00まで夜通し入浴できます。日帰り入浴は9:00〜20:00で入浴料は500円です。(毎週火曜日は清掃日のため、お湯が溜まるまでは入ることができません。)

筆者について

髙野紀康

髙野紀康

1974年生まれ、江差町出身。日帰り温泉の湯守をしながら、年間100軒以上の温泉を巡る。温泉ソムリエマスター・温泉入浴指導員ほか6つの温泉資格を持つ。「北海道は1つの大きな温泉郷」をモットーに、全道を走り回っている。