"> ">富内線探訪(2) 毛利衛氏が考案した作品展示も―銀河ステーション「富内駅」 – 北海道ファンマガジン [ファンマガ]
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富内線探訪(2) 毛利衛氏が考案した作品展示も―銀河ステーション「富内駅」

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【むかわ町】 日高本線鵡川駅から分岐し日高町の日高町駅までを結んでいた旧国鉄富内線。1986年に全線廃止となった全長82.5kmのその沿線には、現在も当時の跡が残されていたりする。その一つがここ、むかわ町にある富内駅である。

富内駅は、北海道鉱業鉄道金山線が延伸開業した1923年11月11日に開業した駅である。当時は辺富内駅(へとないえき)という名称だったが、1943年に線名を富内線に改称した際に富内駅に改称された。それまでは終着駅であったが、1958年11月15日に振内駅まで延伸された。1986年11月1日、富内線は廃止されることになり、当駅の役割も終えた。

現在、跡地には当時の線路やホームが残されている。営業当時は島式ホーム2線と駅舎側の単式ホーム1線の2面3線、および駅舎側の切欠きホームで稼働しており、島式ホーム外側が折り返し用ホーム、切欠きホームが貨物専用となっていた。

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線路には客車2両、スハ45形とオハフ33形がホーム横づけの形で残されているほか、富内駅、栄駅、豊田駅、穂別駅の駅名標が展示されている。また、構内には毛利衛氏が考案した銀河鉄道をイメージした作品が展示されている。そうしたことから、「富内銀河ステーション」と呼ばれている。現在構内は国指定登録有形文化財である。

駅舎には廃止時の「ありがとう富内線」「さよなら富内線」などの標記や看板が残されている。なお、廃止から15年たった2001年9月14日、駅構内で久しぶりにイベント列車が運行された。これは松山市の団体から坊ちゃん列車を借りて走行させたもので、この日は鉄道ファンでにぎわった。

静かな山間の駅構内跡地は散策に最適。毛利衛氏が考案した銀河鉄道をイメージした作品までは駅舎から少し距離があるが、きれいに整備されている花畑などもあるので、きれいな空気を吸いながら散歩を行っていただきたいものである。

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